spatium artis ( 2009.8.6 updated )
De Verblinding van Samson
  眼を潰されるサムソン
1636
Oil on canvas,
236 x 302 cm
Stadelsches
Kunstinstitut,
Frankfurt

【部分図。クリックにて拡大】

■梗概

 1636年、レンブラント30歳の頃の傑作。

 ここに描かれているのは、旧約聖書「士師記」中、非常に有名なサムソンとデリラの物語の一幕。
 場所はペリシテ人に支配されていたカナンの地。イスラエルのダン族にあった不妊の夫婦に、ある日神のお告げがあらわれ、妻は突然妊娠する。やがて生まれた子サムソン、神の加護を満身に浴びて成長、怪力無双の巨人として成った。
 多数派であるペリシテ人たちと、イスラエル少数民族の裔であるサムソンは何度も衝突をする。が、数を持って押すペリシテ人は闘うたびごとにサムソンにしてやられる。ある時などは、度重なるサムソンの暴威に怒り狂ったペリシテの衆が大挙してサムソンをやっつけに来るが、サムソンはその辺に転がっていたロバの顎骨を握って単身受けて立ち、攻めてきたペリシテ人を殴るわ打つわなぎ倒すわ、ばったばったと打って棄て、千人を撲殺したといわれる。サムソンへの憎念いや増すも攻めるたびに倍返しで被害を受け、困り果てたペリシテがとった手段が、歴史的にしばしば取られる手法・色仕掛けである。
 白羽の矢が立ったのは妖艶な美女デリラ。サムソンは、突然あらわれた美女デリラに魅惑される。デリラはペリシテの命を受け、閨房でサムソン本人から弱点を聞き出そうとする。当初、警戒したサムソンはなかなか話そうとしないが、遂に情にほだされたか色に狂ったか、「髪がなくなると力を失う」ことをしゃべってしまう。
 遂に急所を握ったデリラ、サムソンが眠っている間にその髪を切り落としてしまう。すぐに彼女の合図でペリシテ人が攻め込み、うそのように力を失ったサムソンを容易に捕縛、眼を潰してしまう。その場面である。

 レンブラントは、洞窟のような寝所から逃げるデリラに強い光を浴びせ、「ファム・ファタール(運命の女)」の何とも異妖な表情を捉えた。今までと同じ強烈な意志と、意のままにならない体の脱力、二つながら表現しているサムソン。暗がりで行われる捕縛。必死でサムソンを押さえる、極めて動的なペリシテ人兵士たち。レンブラントの表現力が十全に発揮されている。

 なおこの捕り物で縛につき、視力を奪われたサムソン、粉ひきの強制労働に狩り出され、広場に引き出されては笑いものにされる。そしてペリシテ人は積年の大怨を晴らすべく彼らの神殿にサムソンを引いて行き、いざ惨殺せんとするのだが、ペリシテは処刑までにサムソンで《楽しみすぎた》。サムソンの髪はいまやかなり伸びており、体に漲る力を取り戻しつつあった彼は、手探りでペリシテ人の神殿の柱を抱え、その神懸かりの怪力を再び発揮する。
サムソンすなわちその家の倚りて建つところの両箇の中柱の一つを右の手、一つを左の手に抱えて身をこれに倚せたりしが、サムソン「我はペリシテ人と共に死なん」と言いて力を極めて身を屈めたれば、家はその中におる群伯とすべての民の上に倒れたり。
 (旧約聖書 「士師記」16-31)

サムソンの閨から逃げつつ、後ろを振り返るデリラ。
その表情は「運命の女」と呼ぶに相応しい面妖である。

左手には切り取ったサムソンの髪の毛を一房握っている。
この一房のために、デリラは心身を捧げたわけであり、この一房のために、サムソンは一命を落とすのである。
右手には、その運命の一房を切り落とした大鋏を持っている。

左手奥から右手前に向かって走る光の流れは対角線的で、しかも陰影が濃い。レンブラントならではの表現だろう。
完全装備のペリシテ人兵士に眼を潰されるサムソン。
折り込まれている右足が極めて痛々しい。

全身で、目を潰される痛みと、抵抗の意志を示している。また、光源から照らされて仄白い彼の体は、その脱力を表現しているように思われる。
サムソンを捕縛する兵士たち。

暗がりに居るにしては、もうひとつ鑑賞者側、つまり手前に光源があるかのように表情がはっきり分かる。
髪を切り取られてもはや脱力の体であるサムソンだが、怪力無双の士に対する兵士たちの、極度の緊張が伝わってくる。周到な計画をもとに、神の(或いは「異神」の)殺害を意図しているように思われる。サムソンおよびイスラエルから見れば、吹けば散る不届きな異端の代表だが、それは同時に、何か異様な力に向かってゆく生身の人間の、不純でありながらも強い、一種の意志を表現しているようにも見える。
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