インバルのマーラーはとてもシャープだ。集中力があり、フランクフルト放送響の鳴りも実にいい。実に気持ちが乗っている。この「張り」は同じカップリングの演奏でも、マーラーにしか見られないものだ。落ち着いて聴くにはいい。特筆すべきは録音。素晴らしい。もしLPも聴ける環境にあるならば、この盤についてはCDよりLPを強くお奨めする。




精神病理学者でもあるシノーポリは分析癖があって、どうしても響きが硬くなる(多分オケが考えすぎる)のだと思うのだが、マーラー、特に第5番は例外である。いきいきとして推進力がある。私見では、シノーポリが分析しきれなかったのだと見ている。抑制されたイタリア気質。とてもいい。




わたしはナンデかわからんが"レニー"バーンスタイン大嫌いである。どうもレニーの演奏が合わないわたしが例外的に偏愛する盤が二つ。弾き振りの「ラプソディー・イン・ブルー」とこのマーラー第5番。イタコのイタロウ。必殺憑依現象。VPOの音も秀逸。




じつは近現代音楽もスマートにこなせる帝王(例証として、新ウィーン楽派を見事に演奏した名演、またタコ10の名演を見よ!)。そんな帝王が演奏してみたマーラー。意志的ではないが、実に美しい。いつもはギャンギャンうるさいBPOも、どこか奥床しいのは、余り慣れてないレパートリーだからだろうか、抑制が適度に効いた名演。




残響豊かなベルリン・イエス・キリスト教会で、シュターツカペッレ・ベルリンがスウィトナーに率いられて悠々と鳴る。彫りの深さには欠けるが、まろみを帯びた美しさは格別。



まだまだ名演はたくさんあって、ベルティーニ/ケルン放送響はしなやかな鋼を思わせるし、バレンボイム/シカゴ響の莫大なエネルギー量、ブーレーズ/VPOの透徹した響きもいい。マラ5は何故か場当たり的に買っても結構名演に当たる。それだけ楽曲が(設計図として)優れているという例証でもあろうか。

 ▽ Gustav Mahler
Symphony No.5 in cis-moll
  交響曲第5番 嬰ハ短調


■作曲 1901〜02年
■初演 1904.10.18 ケルン
      マーラー自身の指揮による

《楽器編成》
Fr. 4 Ob. 3 EHr. , KCl. Cl. 4,BCl. Fg. 2, CtFg.1
Hr. 6 Tromp. 4 Tromb.3 Tuba Tim.4
1st Violin 2nd Violin Viola Cello C.bass
Symbal Triangle Tam Tam
Glockenspiel Harp Bass drum Holtzklapper Bell



マーラー 交響曲第5番第4楽章 (部分)

Barnstein / Vienna Philharmonic Orchestra
1972年のライヴ。この楽章はそうでもないが、全体を通して、VPOの戸惑いが垣間見られる。まだマーラー演奏の経験が蓄積されていなかった故かもしれぬ。「俺を信じて〜」の処に推薦した同カップリングの演奏は1988年のライヴで、確信に満ちあふれている。16年で演奏がどのくらい変わるのかの例証ともなる。

■概要

 マーラーは完成された交響曲を九曲残している。そして10曲目・11曲目の交響曲については未完成稿が残り、「交響曲」という形をとらなかった「大地の歌」(実質上、交響曲の完成した順番でいくと第9曲目に当たる)がある。「交響曲」という形にこだわりつつ注目するならば、第5交響曲というのは丁度マーラーの、完成された交響曲の真ん中に当たる作品である。第1交響曲は純粋な器楽曲として仕上げられ、第2、第3、第4には声楽を取り入れたマーラーだが、1901年に着手されるこの作品は器楽曲として仕立てられ、更に第5に続く形で第6、第7と声楽を取り入れない器楽曲としての交響曲が完成されることになる。
 第5、第6、第7を「器楽三部曲」と呼称するならば、第5から「新しい創作期が始まった」(マーラー本人による述懐)と見るのは妥当な見方であろう。そしてこの三曲の中でも、第5は最も有名であり、演奏機会も飛び抜けて多い。その理由の一として、第5番の第4楽章アダージェットが映画「ヴェニスに死す」に使われ、きわめて有名になったということが挙げられる。また、純粋器楽曲であることによる聴きやすさ、大体60分前後にまとまる演奏時間、華麗な終結で後味がよいことなども、また理由の一として数えられるだろう。

 さて。これが完成されたのは1902年の終わりの頃らしい。この頃のマーラーは、のちに妻となるアルマ・シントラーと恋愛関係にあった。その幸福さと焼けるような焦燥感を表現しているのが第4楽章ではないかと言われる。実際自筆楽譜の左端には「君は吾が至福の喜び!」みたいな詩が書かれていたらしい。

 とにかくこの交響曲は全5楽章編成であり、それを更に第1・第2楽章で構成される第1部、第3楽章で構成される第2部、第4・第5楽章で構成される第3部と分類される。

  第1部 第1楽章 葬送行進曲 「精確な歩みで、厳格に、葬列のように」
       第2楽章 「嵐のように激して、いっそう大きな激しさで」
  第2部 第3楽章 スケルツォ 「力強く、速過ぎずに」
  第3部 第4楽章 アダージェット 「大変遅く」
       第5楽章 ロンド―フィナーレ アレグロ

 葬送行進曲の第1楽章と第2楽章は対を為すような組である。葬送行進曲はゆるやかなテンポで進められる。第2楽章は凄まじい速さで楽曲が進行していく。但両楽章とも歯を食いしばるような力強さが一貫していることには変わりない。第3楽章は最も早く製作が着手されたといわれるものだが、このスケルツォが中心になって音楽は第4楽章・第3部へと流れていく。

 マーラー本人は第5交響曲作曲最中に「とてつもなく作曲が難しい。最大限に成熟した技術が要求される。見かけのうえの混乱は、ちょうどゴシック形式のドームのように最高の秩序と均衡をもって解決されなければならない」と述べている。その複雑さは、特に第5楽章に明らかである。

■内容

 第1楽章 嬰ハ短調.2分の2拍子.「タタタ・タン」の所謂「運命リズム」でもって奏されるトランペットのソロから開始される。1904年の初演でケルンに集まった聴衆はさぞかし驚いたことであろう。そのトランペット・ソロは突然、攻撃的なオケの全合奏に至る。そののち"Pesante"(悲愴に)指定の地獄みたいな楽想が一瞬出て、音楽は35小節から―――交響曲第1番の第3楽章を彷彿とさせるような―――ゆるやかではあるが何処かシニックな楽想に変化する。一度高揚したのち、再びゆるやかになる(89小節)。木管のピアニッシモで奏される旋律が実に美しく、切ない。155小節目からまた曲想が変転する。再び劇的な雰囲気になる。232小節からまた静かになって、冒頭を彷彿とさせるようなトランペットが低弦の装飾音を伴って出、ふたたび高揚する。322小節からのヴァイオリンによって奏される美しい旋律は次第に緊張度を高め、369小節のfff最強音でまたもや爆発し、静かになり、ピアニシモでオケが静かに鳴るなかを、トランペットが孤高の行進をし、それがフルートに出た後の弦のピッツィカートで楽章を終える。

 第2楽章 2分の2拍子.イ短調.この楽章はソナタ形式つまり主題提示、展開、再現、終結の各部によって構成されており、伝統的な交響曲楽章形式に則って構成されているといえる。このソナタ構成も含めて、第1楽章が第2楽章の序奏的意味合いを持ち、この第2楽章が本来の第1アレグロ楽章であるという解釈が通説である。最強音の活動的なチェロとバス、ファゴットにより始まる。じきヴァイオリンの高音による第1主題が登場する。テンポを落とすとともにへ短調へと転調してチェロに第2主題が出る。ここのテンポは第1楽章の葬送行進曲と同じ速度である。鬱勃とした雰囲気を漂わせながら音楽は進むが、じき冒頭の気分が戻ってくる。ここから展開部であるらしい。展開部であるらしいが、ベートーヴェンの如き形式感がないのでわけ分からんようになる。やがてティンパニが激しくなり、イ短調へと戻って再現部となる。最後はピアニシモのティンパニによって終わる。

 第3楽章 ニ長調.4分の3拍子.地獄の黙示録の如き第1部(第1・第2楽章)を経て、第2部たる第3楽章へと移行する。これは快活な楽章で、その明るい調性も相俟ってワルツ風の実に楽しい楽章だ。変ロ長調とヘ短調の二つのトリオを持つ。ホルンのファンファーレのようなものを冒頭に持つ。そして高原の牧場で遊ぶような主題が登場する。主題が展開されたのちに第1トリオに入るが、ここは天使が悪戯に興じているようなゆかしさがある。しかし再び冒頭ホルンの音が出て、現世の牧場に戻ってくる。やがて出る第2トリオは、強いシニックな雰囲気を纏っている。とぼとぼ家に帰る子供の背中を見るようであるが、寂しさよりはシニカルな感じが強い。やがて音楽は激しくなり、再び冒頭の雰囲気に戻り、終わる。

 第4楽章 ヘ長調.4分の4拍子.美しい美しいといわれる第4楽章アダージェットだが、ここにはそれ以外に、「肉感的な生々しさ」とともに「官能的な毒」も潜んでいる。「恋愛というのはむしろ憎しみに近い」といったのはロシュフコーだが、ここに見る”低温火傷しそうな熱”のごときものはまさしく「憎しみに近い」。恋愛ってのは優しいもんではない。いつの時代も残酷で冷酷なものである。…という処まで私は勝手に読み取る。この楽章は美しい旋律を奏でる弦楽合奏の上にハープがシルヴァーのベールを掛けるが如き形式で演奏される。最初から最後まで弦楽合奏とハープだけである。美しく、辛く、胸に突き刺さるような原因不明の焦燥感を味わうことが出来る。

 第5楽章 ニ長調.2分の2拍子.ある音楽評論家が「総譜なしで構成を詳説するのは不可能に近い」と評しているが、それくらい複雑で、マーラーの交響曲楽章の中でも最も複雑な楽章のうちの一つ。序奏では先ずホルンが断片的に出、それに連なってファゴット→オーボエがまた断片的に登場する。序奏ののち、ホルンによって「ロンド主題」が登場する。他の楽器が加わったのち、チェロだけが動きまわるような「フーガ主題」を呈する。のち「ロンド主題」が再現され、「フーガ主題」が登場するがフーガにはならず、変ロ長調でホルンに新しい対主題が登場する。で、音楽は錯綜しながら盛り上がり、始めの「ロンド主題」が出てきて、「フーガ主題」がそのあとを継ぎ、曲想は静まりを見せるが、じき最後のクライマックスへ向けて盛りあがる。コーダでは数々の断片―――第2楽章主題であるとか第4楽章の断片であるとか―――いうのが様々に混ざり合って、絢爛とした音楽を形成する。激しさを得たまま、楽章を華やかに終える。

■蛇足

 マーラーらしさを存分に味わえるが、やはり非常に難しい。

(up: 2009.7.29 旧WEBサイトに公表していた旧稿をやや改訂)
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