ベームとVPOの1977年ライヴ。未完成はたっぷりした音の響きとゆるやかなテンポで聴きたいので、オリジナル楽器群は取れない。ベームの晩年、スイッチが入った時の熱い録音。併録はドヴォルザークの《新世界》。


ヴァントとBPOの《未完成》《グレート》2枚組。構築しすぎる傾向があったりするヴァントは余り好きではないが、この演奏はライヴでかつBPOへの客演だけに、少し力が抜けた、しかしヴァントらしいきびきびとした構築美が堪能できる。録音も○。
 ▽ Flanz Schubert
Symphony No.8 in h-moll D.759
交響曲第8番 《未完成》 ロ短調 D.759


■作曲 1822.10.31着手、まもなく中止
■初演 1865.12.7 ウィーン楽友協会大ホール
     ヘルベック指揮による

《楽器編成》
Fr. 2 Ob. 2 Cl. 2 Fg. 2
Hr. 2 Trp. 2 Trombone 3
1st Violin 2nd Violin Viola Cello C.bass


■概要

 《未完成》。英語でいうところの "Unfinished" という響きには、それだけですでに蠱惑的なものがある。

 この《未完成》交響曲は、成立もまた未完成になった理由も不明確である。情況証拠から各種類推することはできるが、我々にできることは、数限られた情況のピースから、ある程度の沿革を想像することでしかない。
 この楽譜は、シューベルト死後1865年5月1日ににウィーンの指揮者ヘルベックが、シューベルトの友人アンセルム・ヒュッテンブレンナーの蔵書の中から発見したということになっている。作曲を始めたのが1822年であることは、楽譜の表表紙に記載されている作曲者自身のサインおよび日付で了解される。見つけたのが1865年。実に43年後である。
 なぜそもそもヒュッテンブレンナーが持っていたのか、なぜ未完成の作品を受け取っているのか、なぜシューベルトは未完成作品を渡したのか、なぜヒュッテンブレンナーは43年間も放ったらかしだったのか、など不明点が多い。ものによると、シューベルトの借金のかただったという説もあるが、それだとヒュッテンブレンナーが中途半端な楽章までしか受領していないのが若干妙ではある。あるいは作曲当時シューベルトを名誉会員に推挙した音楽協会が複数あったのだが、それらに対する御礼として仲介者のヒュッテンブレンナーに「残りの楽章は後日」という言伝を与えて渡しておいてそのままになっていたのではないかとかいう説もある。
 いずれにせよ、今となっては第3楽章以降がないことはむしろ魅力であり、第2楽章までであるからこそ、両楽章の個性が際立つ。それはミロのヴィーナスに両手がないことにも比せられる。本来あるべき要素がないからこそ、より体幹の美しさが際立つ。

 なお、シューベルトの伝記映画《未完成交響楽》では、その名の通りこの交響曲第8番が示現動機のように扱われている。映画はこの《未完成》交響曲を中心にして回転していくが、創作意欲も旺盛なシューベルトがこの交響曲を完成しなかったのは、エステルハージ家の令嬢との諍い、そして恋愛が原因となっている(これは創作である)。映画の最後は、シューベルトが結局完成すること能わなかった第3楽章のスケッチを破り捨て、第2楽章の終わりに「我が恋が終わらざるがごとく この曲も終わらざるべし」という走り書きをして幕となるが、これなどは創造力が史実を包み込んで美しく羽ばたかせた一例といえよう。

■内容

 第1楽章 アレグロ・モデラート ロ短調 4分の3拍子。地底から呼びかけるような序奏がまず低弦に出る。この B-C#-D-B 、ロ短調の音階を上下する動機が、この名曲の根底をなしている。この動機を中心として全てが構成されるといって過言ではない。弦が切分音を刻む中、オーボエとクラリネットにピアニッシモで第1主題が出る。フォルツァンド、フォルティッシモのアクセントで時にシンコペーションしながら、ト長調に転調して第2主題がチェロに出る。イ長調への揺れを見せるが、いずれの調性も明るく無邪気である。幸せな旋律は突然全休止にて脅かされる。いきなりのフォルティッシモ。そしてフォルツァンド。ハ短調で強烈な旋律が出る。悲劇的に変容した第2主題の断片が楽器間に受け渡される。再度ト長調で第2主題が出る。冒頭低弦動機が浮上して再度沈み込むところから展開部だが、展開部も冒頭動機を中心として旋律が構成される。再現部以降は激しく楽想が搖動しながら第2主題がニ長調で出たりもする。再現部以降も冒頭動機が明滅しながら楽章を終える。

 第2楽章 アンダンテ・コン・モート ホ長調。8分の3拍子。2部形式。幸せな雰囲気から出るが、この第1主題もやはり第1楽章冒頭主題から再構成されている。この楽章の調性も絶えず鮮やかに搖動し続けるが、最もすばらしい場所は弦シンコペーションの上にクラリネットとオーボエが展開する第2主題で、恐ろしいことに調性が嬰ハ短調⇒ニ長調⇒ヘ長調⇒ニ短調⇒変ニ長調、と変容している。それでいて、つややかな球形のガラスに光が反射しているような輝きの変化を感じさせながら、不自然さは一切伝わってこない。この第2主題は膨張してゆき、再現部へ続く。再現部は提示部と比較して楽想上の大きな変化をもたないが、しかし楽器法と調性を変化させることで艶やかな光の明滅を感じさせる。


■付記

 調性の魔術師シューベルトの面目躍如たる作品。その転調は、まるで冬の針葉樹林に洛陽が絶えず変化する光の粒を投げかけているような自然風景の変化を思い起こさせる。
 また、2管編成でありながらトロンボーンが3本要求されており、主題に直接絡むことはないが、根音を補強しながら残りの2本でオクターブを吹かせるなど、非常に効果的に使用されている。フォルツァンドの瞬間、曲想転換の合間に地獄の釜が鳴るようにトロンボーンを強く出すところは何度聴いても劇的で、この曲を名曲たらしめているのはまずはこのトロンボーンであるように思う。

(up: 2015.1.14)
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