■狂言名曲紹介
猿替勾当
猿   「きやあきやあきやあ、
勾当  「ああ悲しや、女房共が猿になつて、毛が生えた、何とせうぞ。
猿   「きやあきやあきやあ。
【座頭狂言】

◆登場人物
 シテ 勾当
 アド 勾当の女
 アド 猿曳

◆予備知識
 狂言のなかによくある「コキュ」すなわち寝取られモノでございます。更にいうと、シテとして盲人が出てきますが、途中で盲ならではならぬ展開をするという、これまた狂言に散見されます構成になってございます。

 たとえば、時代劇などで登場する盲人のなかで最も有名なものは「座頭市」でございましょう。よく誤解されてございますが、「座頭」というのは盲人の意、ではなく、実は盲人に与えられたひとつの官職名でございまして、他には「検校」「別当」などがあり、「勾当」というのもそれにあたります。
 これらを高位から純に並べると、
 検校 - 別当 - 勾当 - 座頭
となります。
 すなわちここに出てくる「勾当」ともうしますのは、官職を得て(そして盲人に独占的に与えられている按摩などの仕事で身を立てて)いる盲人のひとり、であるとお考え下さい。

◆あらすじ
 まずシテである勾当が現れ、名乗りののちに現在花見盛りであること、妻が毎年花見をせがむが、自分は目が見えないので断っているということを述べます。しかし「当年は女共をツレて、それがしも参り、目で見ることがならぬ程に、花をかひで(嗅いで)なり共慰まうと存ずる」と続けます。
 女(妻)を呼び出し、花見に行こうと誘うと、女は、花を「見る」ということはあるが花を「嗅ぐ」ということは聞いたことがない、と軽口を言いながらたいへん喜びます。勾当は、
此春は 知るも知らぬも玉鉾の 行かふ人の花の香ぞする
という詩歌をひき、「かぐと言ふてもちつとも苦しうない」と恬淡とします。
 二人はそのまま「清水の地主」へ向かい、人の少ないところによい桜の木を見つけて坐し、酒盛りが始まります。差しつ差されつする中、興が乗ってきます。
 そこに登場する猿曳。旦那周りから帰宅する最中、ついでに清水へ桜を見に来た、と述べます。そんな中勾当の女を見つけ、イイオンナを見つけたといって近づきます。なぜお前のようないい女があんな座頭と一緒にくっついているのか、と問う猿曳。幼なじみなのであると述べる女。猿曳は、こんな男にくっついていないで、私がいい嫁ぎ先を見つけてやるのでついて来い、といいます。女は、まんざらでもないけれどもあの人も幼なじみなので愛しいのです、と答えます。
 妙な雰囲気に再度妻女を呼ぶ勾当。再び差しつ差されつとなりますが、興ここに至った勾当は、小舞を舞い始めます。再度口説く猿曳。その気になる女。しかしまた「どちへ行かしました」と女を呼ぶ勾当。再度勾当に侍る女。
 女の「立ちつ座りつ」に疑念を抱いた勾当、自分と女を帯で結んでおこうと考え、つないでまた酒盛りを始めます。その様子をみた猿曳、女と逢引ができないことを一瞬哀しみますが、すぐに思いつき、自分がつれている猿を勾当の帯に静かに結び、そして自分の、猿を引く帯に女をつないで連れて帰ろうとします。やがてつなぎ替えに成功した猿曳、女に対し、そなたを良い所へ紹介しようというのは嘘で、自分のところに連れて帰って寄り添わせよう、と言いつつ女をついに連れて帰ります。
 猿とともに残された勾当、先に続いてまた女と酒を酌み交わそうとしますが、女がものを言わないのに不思議がります。「先こちらへ寄らしませ」と帯を引き寄せるとそれは猿で、いきなり引っかかれます。「きやあきやあきやあ」とだけ鳴く猿を引っ張りつつ、女房が猿になって毛が生えた、どうしよう、と困惑しながら「ああ悲しや、許せ許せ」と退場し、幕となります。

◆みどころ
 割に狂言によくありますが、観劇後仄やかかつ気の毒な笑いを誘う曲です。が、気の毒ではあるけれども湿っぽくなく、からりと笑える表現にしないといかん曲でもありましょう。「猿だ」と気づいたときの勾当の背中は哀しくてはいけません。哀しいとハンディキャップをたんに健康な人間側から笑うだけの話になってしまいます。勾当の盲はハンディキャップとしての盲ではなく、特徴としての盲、つまりそこに梃子を入れて世の中を笑いでひっくり返すことができる、強い支点でなくてはなりません。

(2015.2.15 updated.)
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