■狂言名曲紹介
武悪
  「武悪の幽霊に、ちと尋ねることがある。
太郎 「イヤ申し、あまりお側近うはご無用でござる。
  「寄れ、と言うても、寄ることではない。
【大名狂言】

◆登場人物
 シテ 武悪
 アド 太郎冠者
 アド 主

◆予備知識
 武悪とは主に仕官する人の名。主との沿革は語られないが、武悪は元々、主の父と同格の人で、ともに他家に仕えていたが、主の父が財をなしたゆえに独立、武悪を使う立場になったのではないかという研究があります。それによると、武悪が勤めに出て来ないのは、独立の底意があるからで、主はそこを警戒しているからだということです。説得的です。なお、主の父親は設定では既に亡くなっています。

◆あらすじ
 主が怒り狂って出て来ます。武悪が勤めに出て来ない、と。太郎冠者を呼び出して、武悪を討ってこいと命じます。武悪と気心が知れている仲らしい太郎冠者は拒否しますが、討たねばお前も手打ちにするといわれてやむなく、主人家伝来の刀をもって討ちに行きます。
 武悪は心得がある者ゆえ、正面から斬り合えば仕損ねると考え、太郎冠者はたばかって武悪を討とうとします。川魚を献上させることにし、武悪がそれを捕っているさいに後ろから蹴って川にはめ、斬り殺そうとします。武悪は最初おどろき、たばかって殺されることに怒りますが、是非もないと首差し伸べます。太郎冠者は武悪を斬れません。泣きながら、斬ったことにするから見えぬ国へ行け、と逃がします。
 帰って主に「討ちました」と伝えると主はよろこびます。快いので遊山に出ようと東山へ向かいます。
 いっぽう武悪は、見えぬ国に行ったら二度と参詣できないから、最後のおいとま乞いにと東山参詣に来ており、主に見つかります。「武悪が出た」と大騒ぎする主人に「間違いなく討った、見たのは武悪の幽霊かもしらん」と言い含め、いっぽう武悪が隠れている処にこっそり行き、見つかったから幽霊のふりをして出て来い、と言い含めます。
 幽霊と聞いて急に怖じ気づいた主人、及び腰で帰路につきますが、目の前に武悪の「幽霊」が出ます。主は恐ろしがりますが、武悪が冥土話に大殿様(主の父親)の話をすると、主は懐かしがって号泣します。大殿様に言われて主の太刀を借り受けに来たという武悪に、主は喜んで太刀・扇を渡します。また武悪は、冥土に主を連れてこいとも仰せつかっている、と述べ、いやがって逃げる主人を追い込んで全員退場します。

◆みどころ
 名乗りもなく、主人が怒り狂って出て来るという深刻な始まり方をします。それから東山までの悲劇性と、そこから打って変わっての喜劇性の対比がとても鮮やかで、前半が深刻なだけにより後半の面白さが際立ちます。厳格で酷薄だったのに、「幽霊」の一言でがらりと恐がりになる主人は必見です。

(2008.1.17 updated.)
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