■狂言名曲紹介
縄綯
太郎冠者 「この太郎冠者、卑しいご奉公は致せ、遂に水などを汲うだことはござらぬわ。
太郎    「それならば、もはやよいわいやい。
太郎冠者 「はて、ようござらいで。
太郎    「何の役にも立たぬ奴、すっこうでいよ。
太郎冠者 「アー。
【小名狂言】

◆登場人物
 シテ 太郎冠者
 アド 主
 アド 太郎(某)

◆予備知識
 なかに出て来る鳥目(ちょうもく)というのは銅銭のことで、江戸の寛永通宝に例をみるように、真ん中に穴があいていて縄を通せるようになっています。劇中、主が太郎冠者に頼む縄の用途はそれです。また劇中に出る「例の手慰み」というのはバクチのこと、「お内儀」は奥さんのことです。「不調法」というのは不器用なことです。

◆あらすじ
 太郎冠者の主人はバクチ好きで、日頃から近所の若い衆と賭場を開いていますが、今回、思いも寄らぬ大負けで、金銀はおろか太郎冠者までも打ち込んでしまいます。主は、太郎冠者にその旨を正直に伝えても行くまいと思い、「大事な用があるから、この文持て太郎さんのところへ遣いにゆけ」といって送り出します。太郎冠者は、主がまた太郎殿に、バクチ寄合の誘いをするのだろうと困惑しながら、太郎殿の屋敷に向かいます。
 出て来た太郎殿に、太郎冠者は文を渡そうとしますが、太郎殿は「中へ入れ」といいつけます。困惑する太郎冠者に、太郎殿は主が大負けして太郎冠者まで打ち込んだこと、これからはウチが方の太郎冠者であることを伝えます。主にだまされたことを知った太郎冠者はへそを曲げ、「使用人がただ居るというのは悪しいことだ」と用事をいろいろ言いつける太郎殿に面従腹背、なんのいいつけをされても理由をつけて断ります。縄を綯えと命じて「不調法で縄など綯えぬ」と断られた太郎殿は、それならば内に居て水を汲め、と下女の役目を言いつけますが、これは太郎冠者の誇りをいたく傷つけ、冒頭に引用したような言い合いに発展します。口の強い太郎冠者に言い合いでは勝てぬと考えた太郎殿は、太郎冠者を吾が屋敷の奥へ引っ込ませ、主へ相談に行きます。
 主人は太郎冠者がへそを曲げたことを察し、では太郎冠者を一度帰してくれと伝えます。主のところで太郎冠者を使ってみるので、太郎殿にはその様子を隠れて見てもらい、それで働きぶりが気に入れば太郎冠者を遣わし、気に入らなければ鳥目にて算料する、なので一度太郎冠者を帰して、あなたも遅れぬようにそっと来てくれ、と述べます。
 大いに納得した太郎殿は、自宅へ戻り、太郎冠者を主の屋敷へ帰します。
 たらされたことに憤懣やるかたない太郎冠者は、帰って主に怒りをぶちまけますが、主が丁重に頭を下げるとアッという間に機嫌を直し、縄を綯うてくれ、と主が頼むと喜んで縄を綯い始めます。
 後ろで手伝ってくれるという主にゴキゲンの太郎冠者、縄を綯いながら仕方話に、太郎殿の家の内情をベラベラとしゃべりはじめます。竈にクモの巣がかかっていること、7,8人も居る小倅めが傍若無人なこと、美人で有名だが誰も見たことがない太郎殿のお内儀が出て来たが、じつは非道い面付きなこと、乳飲み子が居るが青洟を垂らしてとんでもなくむさくるしいこと、など、ほうど悪口ばかり並べ立てます。
 しかし後を取っていた主はいつのまにか、様子を見に来た太郎殿に変わっております。それとも知らず、得意げに話し続ける太郎冠者は、お内儀に無理矢理押し付けられた太郎殿の乳飲み子を、腹立ちのあまり打擲したという話までし始めます。
 遂に怒った太郎殿は太郎冠者の後ろで大声をあげ、驚いて逃げる太郎冠者を、怒り狂う太郎殿が追い込んで終わります。

◆みどころ
 最初に太郎冠者を騙して行かせるのは、正直にいえば太郎冠者が行かないだろうという目算があった、というよりは、日頃からバクチ狂いを太郎冠者にたしなめられていて、その負い目があったと考えた方がようございましょう。
 途中、仕方話を始めるあたりからは太郎冠者のひとり舞台となり、まるで落語のような(尤も落語よりも狂言の方が古いのではありましょうが)独演が繰り広げられます。表面的に見ればただ太郎冠者の悪口雑言を面白がるだけの曲のようですが、汲めども尽きぬ泉のような、実は非常に深い曲だと思います。そのへんのことについて、吾がブログ「かつをぶしむしすしだね日記」「縄綯」論を書いたので参照ねがえれば幸いです。

(2008.1.17 updated.)
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