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実盛の後シテにて用いられる笑尉面。


岩波文庫版『平家物語』全四冊セット。
斎藤別当実盛が活躍する戦は全四冊のなかでは第3巻。

■能楽名曲紹介
実盛
【修羅物】

◆作者
 世阿弥
◆季節
 秋(8月)
◆場所
 加賀・篠原

◆登場人物
 ワキ   上人
 ワキツレ 従僧
 シテ   老人
 アイ   篠原の者
 後シテ  実盛

◆予備知識

 実盛とは斎藤別当実盛 (1126-1183) のこと。鎮守府将軍藤原利仁の子孫で、元々は源義朝の家来でありましたが、のちに平家に従い活躍しました。『平家物語』では巻第七「篠原合戦」および「真盛」(物語の題名は「実盛」ではなく「真盛」ですがもちろん斎藤別当のこと)にその最期の模様が語られていますが、その時既に70を超えた老武者、木曽義仲に圧されて劣勢の平家軍勢のなかで、「源氏は強勢で平家は劣勢、もう義仲に降参しよう」と本心にないことを偽り述べて諸将軍の真意を試すという老獪ぶりを見せます。この時点で既に実盛の肚は抗戦討死と極まっておりました。
 やがて加賀国篠原、勢いづく源氏との合戦となりますが、平家の将武蔵三郎左衛門有國、善戦するも深入りして討ち取られてしまいます。大将首をとられて四散する平家軍勢を背景に、老武者実盛、紅の錦の直垂に萌黄色の鎧、黄金造りの太刀という見るも鮮やかな装束で、単騎源氏義仲軍勢に突入します。義仲軍勢からは、実盛の勇躍ぶりに感嘆しながら、手塚太郎光盛が出て相対します。
 味方は既に逃亡したのに、ただ一騎残るとは「優なり」と光盛は叫び、続いて信濃国の住人、手塚太郎光盛と名乗りますが、実盛は名乗りません。名乗らないながら実盛は、
但わとのをさぐるにはあらず、存ずるむねがあれば名乗るまじいぞ。
といいます。つまり、光盛を名乗るに値しない人物と見下してわしは名乗らないのではない、別意あるから名乗らないのだ、と繊細なエクスキューズをするわけです。やがて光盛の手兵も現れ、実盛を囲みますが、実盛はそれらを次々に斬って捨てます。しかしさすがの豪の者も老いには勝てず、手数が弱まったところを光盛に圧され、やがて組まれて頸をとられます。
 頸はとったが、どうも侍ではない。紅の直垂ながら、軍勢がついてないことからどうも総大将でもない。これは異なものだ、と総大将木曽義仲に伝達すると、義仲は「それこそ斎藤別当実盛殿ではないか」と述べます。しかし実盛は老武者、いっぽうこの頸の髪の毛は黒々として輝いている。義仲は実盛の旧知である樋口次郎を呼び、首実検させます。一目見て、涙をはらはらと流しながら「これは確かに斎藤別当殿です」という樋口。続けて、「そういえば斎藤別当は、戦になったら老武者が先駆けるのも大人げなし、また相手に老武者と侮られるのも口惜しい、鬢髯を黒々と染めて合戦に臨むのだ、と言っておりました」と述べます。驚く一同。実際にその頸を洗ってみれば、白髪が現れたのでありました。
 戦に臨む武者の美意識、そして老武者としてのいじらしさと矜持、そういったものが感じられます。

 曲に出てくる「遊行僧」とは諸国遍遊の僧侶のことですが、これは一般に一遍上人を発祖とする時宗の僧侶のことです。

◆あらすじ

 まずアイの篠原の者があらわれ、ここ篠原では遊行僧他阿弥上人の法談がなされていること、上人が念仏の前後に独りごちること、それが篠原の住人の間で不可思議に思われていることを語ります。今日はそのことを上人に聞いてみよう、と述べます。続けて前シテの上人、ワキツレの従僧が念仏説法を行います。前シテの老人が現れ、少し遠くからでも説法を聞こう、と述べます。上人は老人に、あなたの姿は私以外には見えていないので周囲が不思議がっている、名前を名乗って下さい、といいます。老人は「名もあらば名乗りもせめ」、名があるなら名乗りもしようが、田舎者で名前などない、と伝えます。しかし続けて、妄執のために輪廻しているこの名前を名乗るのは口惜しい、とも述べ、上人を見つめて面を伏せます。重ねて名を名乗りなさいと言う上人に対し、老人は人払いを願い、続けて斎藤別当実盛であると述べます。上人は最初は疑いますが、老人は重ねて「この御前なる池水にて鬢鬚を洗われし」実盛の幽霊であると伝えます。続けて、老人と上人にて、なおも執心の残るこの世に二百年の歳月は過ぎたれども、夜ともなく昼ともなく心の闇に迷い、物思いをのみして現れると謡われます。続いて地謡にて、「草葉の霜の翁さび」草に降りる霜のような白髪の老人らしい姿を咎めなさるな、と謡われ、老人は池のほとりで消え去ります。

 〈中入〉

 まず篠原の者が現れ、上人に独りごちの件、不審を述べます。上人はむしろ、篠原の者つまり地元の人の一人に、篠原の合戦での実盛について聞きます。篠原の者は、先に「予備知識」で述べた実盛の戦模様と散り様について述べます。上人は、その実盛の亡霊が出てその者と話をしているのだ、と伝えると、篠原の者は驚き、ねんごろな弔いを依頼します。
 上人と従僧は正面に出て、上人の念仏から始まり、鉦を鳴らして弔いをします。出端の囃子で後シテ実盛が現れ、念仏とは極楽浄土へ行ける、かくも頼もしいもので有難いものだ、と述べ、上人に合掌し、舞台をまわります。鬢鬚が真っ白の老武者であるけれども、出で立ちは実にはなやかである、と上人は感嘆します。地謡は「黄金の言葉多くせば、などかは至らざるべき」(仏の言葉を多く唱えれば、どうして極楽に到達しないことがあろうか、いや到達するだろう)と謡います。実盛は床几に腰掛け、一念弥陀仏熄滅無量罪、我が罪を恥じて懺悔の物語をしよう、と地謡にてその心が語られます。ここで、篠原の合戦の様子が語られ、討ち取られて樋口に首実検される様子が示されます。実盛は自分の鬢鬚が洗われている様子を迫真の型で示し、「墨は流れ落ちてもとの白髪になりにけり」、「げに名を惜しむ弓取りは、誰もかくこそあるべけれや、あらやさしやとて、皆感涙をぞ流しける」と地謡で謡われます。
 さらに続けて実盛が〈クセ〉を舞うなか、平宗盛内大臣に(ほんらいは大将の着る)錦の直垂着用を許されたこと、それは「もみじ葉を分けつつ行けば錦着て家に帰ると人や見るらむ(故郷に錦を飾る、という内意)」の古人の言葉に従い、故郷越前に凱旋し、そこで討死したのだと述べます。続けて、手塚太郎と組み合い、そして敗れた様子を舞いながら示し、「つひに首をばかき落とされて、篠原の土となつて、影も形も亡き跡の」この身をどうか弔ってください、と舞いながら留拍子を踏み、幕となります。

◆上演時間
1時間45分

◆みどころ
 頸を洗われる、そして白髪が露わになる、《実盛》のクライマックスはそのような一種凄惨な様子ではありますが、所作の型によりそれは昇華され、見るも幽玄な美しさと哀しみのみが心に迫ります。
 鮮やかな老武者斎藤別当実盛の姿、そしてその最期。武勇優れたる名将の繊細さと美意識が、おおいに曲にも出ていると思われます。

(2015.1.18 updated.)
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