1960年、ムラヴィンスキー訪英ライブのBBC放送録音。音は余りよくない。観客ノイズもある。ムラヴィンは随分気負っている。というわけで毎日聴くような代物ではないが、この、村正が作ったノコギリみたいな強烈な切れ味は一聴の価値あり。ガツンと第8が聴きたいとき、私は迷わずこれを選ぶ。




Symphony No.8 in c-moll op.65
  交響曲第8番 ハ短調 作品65

■作曲 1943年
■初演 1943.11.5 モスクワ音楽院大ホール
  エフゲニー・ムラヴィンスキー指揮 ソヴィエト国立交響楽団による
《楽器編成》
Fr. 4 Ob. 2 E.Hr.,KCl. Cl. 2, BassCl. Fg. 2, CtrFg.1
Hr. 4 Tromp. 3 Tromb. 3 Tuba Tim.
1st Violin 16 2nd Violin 14 Viola 12 Cello 12 C.bass 10
Symbal Tamb Tamtam Triangle Xylophon
Celesta Herp Bass drum Side drum


■概要

 交響曲第7番は大成功といってよかった。スターリン賞も授与され、地元レニングラード市民は誰もが第7番を自分の曲として誇りに思った。やがて1943年にもなると「大祖国戦争」も次第に好転の兆しを見せ、スターリングラードで包囲軍たるドイツ軍に壊滅的な打撃を与えることに成功、勝利への道が見え始めた。
 そんな中、前作第7から二年の月日を経て、満を持して登場した第8番は、周囲の期待に反し、第7番や第5番のように人好きのするものでは全くなく、まるで地の底から響く戦傷者のうめき声のような、とんでもなく暗鬱で内省的な交響曲であった。
 彼はこの曲の解説について、次のようにいう。
 「交響曲の内容を正確に叙述することは難しい。《第8交響曲》の内容の根本にある思想をごく短い言葉で言い表すとすれば、「人生は楽し」である。暗い陰鬱なものはすべて崩れ去り、美しい人生が今や開かれつつある」。
 第8交響曲の曲想とこの発言とを並べて見る時、ショスタコーヴィチの音楽表現に比べて、同じく彼の言語表現が如何に頼りにならないか、ということを如実にあらわす。言葉を額面通り受け取ってはいけない。第6交響曲についての発言もそうだが、彼にとっての言葉とは「社会主義リアリズム」なる怪物を余所へひきつけておく為の撒き餌でしかない。実際は実に重く、暗く、そして鬱勃とした偉大さを感じる曲であり、「暗い陰鬱なものが崩れ去って美しい人生があらわれる」どころか、何か形あるものが崩れ去って暗い陰鬱な廃墟だけが残ったような曲である。
 「戦争三部作」といわれる交響曲の中心に位置するこの交響曲は、戦争の犠牲者への、作曲者の内的追悼であるという説もあり、また、戦火にみまわれ、飢饉にみまわれ、疲れ切って廃墟のようになった故郷レニングラードを描いているのだという話もある。少なくとも、戦争の暗さがそのまま曲の暗さに結びついているというのは疑いあるまい。

■楽章

 第1楽章 アダージョ−アレグロ・ノン・トロッポ−アレグロ−アダージョ ハ短調。4分の4拍子。三部形式ではあるものの、アダージョ部分が質的にも量的にも多くを占めている。詠唱のような2度の音型がチェロに現れる。弦合奏のリズムに合わせてヴァイオリンに旋律が出る。旋律は受け渡し合って、やがて低弦にコラールのような楽想が出る。しだいに高まってクライマックスを作るが、違う飛び抜けるような楽想が現れてこれも盛り上がる。再び静寂を取り戻し、いままでにあらわれた主題が改装され、先に弦合奏で出たリズムとともに静かに終わる。
 第2楽章 アレグレット。スケルツォのような楽章。第1楽章で出た2度の基本音型が威圧的に出る。行進曲風の主題は、ドイツのフォックストロット《ロザムンデ》の引用、後半は自身のジャズ組曲第2番からスケルツォの引用である。
 第3楽章 アレグロ・ノン・トロッポ ホ短調。2分の2拍子。単純化された、エンジン音のような主題旋律がヴィオラに出て、続いて、それに最強音とスフォルツァンドで金管が打ち付けられる。ひとしきり興奮した後行進曲リズムになり、アタッカで次楽章へつながる。
 第4楽章 ラルゴ 嬰ト短調。4分の4拍子。パッサカリア形式であり、最初に登場した主題が都合12回繰り返され、すべてはそれを土台にして構築される。ところどころに基本動機が含まれている。
 第5楽章 アレグレット ハ長調。4分の3拍子。ロンド・ソナタのようだが、ショスタコーヴィチらしく、自由なエピソードの集積によって成り立っている。第4楽章終盤からアタッカで繋がる部分、既にハ長調の光明が細く長く続いており、それに引き続いてファゴットに旋律が出る。やがてチェロとバス・クラリネットに新しい主題が出て、フーガ的に展開される。第1楽章の主題が少し回想され、この楽章の主題が帰ってきて、やがてロンド再現部からコーダに至る。音楽は弱音から最弱音へと移り、溶解するようにして消え去ってしまう。

■蛇足

 この曲は度々の初演者でもあるムラヴィンスキーに捧げられた。彼ムラヴィンスキーはこのことにとても感激し、この曲のスコア(総譜;オーケストラ楽譜)に演奏記録を細大漏らさずつけ続けたという。

(up: 2008.2.20)
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