spatium artis ( 2009.7.24 updated )
Ekster op de Galg
  絞首台のある風景(絞首台上のかささぎ)
1568
Oil on oak panel
Hessisches
Landesmuseum,
Darmstadt

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■梗概

 この作品は1568年に描かれた。つまり1569年に没するブリューゲルとしては既に最晩年である。そして彼の所謂「名作」はこの60年代、10年余りの間に描かれている。
 ここに表現されているのは、田園風景画である。彼の風景画の特徴が、ここにも見られる。つまり、斜めに構図をとり、非常に深い奥行きを感じさせる形式である。農民は左下に配置され、右上に向かって空間が大きく伸びているような構図、これらは彼の月暦画にも、有名な《イカロスの墜落のある風景》にも見られる構造である。
 原題にも見られるように、絵の真ん中には朽ちかけた、つまりは幾人もの命を屠ってきた絞首台が描かれ、その上にはかささぎが、ぽつんととまっている。農民たちは祝祭の踊りに興じている。非日常的な死の祝祭の象徴である絞首台が、日常的な生の祝祭のなかに埋没している。かささぎは絞首台の上で、自然の生を生きている。かささぎにとっても、踊る農民にとっても、絞首台は本来の「意味」をはぎとられた存在、たんなる木台でしかない。
 権威および権力装置があって初めて「意味」を付与される絞首台は、絵の真ん中で、あらゆる意味で「裸」の存在である。
 かささぎは鳴く。そして祝祭は進む。祝祭のなかで、あるいは農民は絞首台を蹴るかもしれぬ。そして朽ちたる絞首台は、倒れるかもしれぬ。


絞首台上にとまるかささぎ。
かささぎにとっては単なる止まり木であっても、人間にとっては……場合によっては、これは死への止まり木である。

かささぎは、非常によくさえずるところから「おしゃべりな人」を暗喩することもある。あるいは台上で、農民たちに絞首台の存在を教えるため、さえずっている最中であるかもしれぬ。
またヨーロッパ中世において、かささぎは黒猫や鴉とともに、魔女と関連づけられていた。そう考えれば、この風景に一種不吉さも漂い始める。
この絞首台をよく見ると、上下でねじれているようにも見える。エッシャー作、とミスディレクションがあれば、即座に「だまし絵」であると判断されそうな形ですらある。

空間的にはありそうで決してない形、それは此岸と彼岸を分ける分水嶺、門の役割を果たすが故なのかもしれぬ。
絞首台のすぐ右側には、ここで処刑されたものの墓だろうか、十字架が寂しげにぽつんと立っている。

ここから右上に向かって、空間はぼやけながら大きく拡がる。見事な空気遠近法である。
祝祭に踊る農民。
ここにあるのは喜びと、楽しみだけである。

周囲にはトネリコ(セイヨウトネリコ)の木らしき樹木が目立つ。北欧神話にイグドラシルという巨大な、宇宙樹が登場するが、あれこそはセイヨウトネリコである。

農民たちの背後には、中程度の大きさの教会のような建物がかすんで見える。
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