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spatium artis ( 2015.1.21 uploaded )
Vocazione di san Matteo
  聖マタイの召命
1599-1600
Oil on canvas,
width of detail: 86 cm
Contarelli Chapel,
San Luigi dei Francesi,
Rome

【クリックにて拡大】

■梗概

この事ののちイエス出でて、レビといふ取税人の収税所に坐しをるを見て、『われに従へ』と言ひ給へば、一切を棄ておき、起ちて従へり。(ルカ伝福音書 5-27)
 聖マタイの召命である。

 聖書の記述では、マタイ伝に依るとしても、ルカ伝に依るとしても、またマルコ伝に依るとしても、ただ数行である、しかし重要なこの記述を、鬼才カラヴァッジョは見るも見事な世界の名画に仕立てた。
 右側に立ち、この薄暗い集会所に入ってきたのはイエス。その頭上に光輪が鮮やかである。元々、マタイは真ん中やや左側に座する白髭の老人だとされていたが、近年ではほぼ左隅の若者であるという説で固定されている。
 右上の天窓らしい窓から一筋の光が差しているが、それ以外に光源はなく、カラヴァッジョは恐ろしいほどの写実主義でその光と影を活写している。同じく陰影表現の雄とされたレンブラントなどが、別の光源を用意するのに比べ、自然光のみで描くことにより、よりイエスの背後から差している陽光の神々しさが見るものに迫る。

 マタイはご存知のように、のちマタイ伝を書き、さらにそれをもとにヨハン・セバスティアン・バッハが不世出の大曲《マタイ受難曲》を書き、ロマン派以降の音楽家に多大な影響を与えた。そしてこの絵を描いたカラヴァッジョは、のちのあらゆる画家に影響を与えた。
 この風景およびこの絵画は、いま現在の人々が愛している芸術の源のひとつといって大げさではないであろう。


右隅、イエスが現れてレビ(聖マタイ)に「われに従え」と召命する。

隣に見える男も、そしてテーブル正面に見える老人も、レビすなわちマタイを指差しており、その構図はあくまでも動的である。つまり、イエスは「レビ、君がレビだね、わたしについてきなさい」という人間的なコミュニケーションを行ったはずで、それを受けて他の人間は「あれがレビだけども」と指差している。そういう情景である。
その辺りも実に写実的・現実的である。


レビ、即ちマタイ。

マタイは収税吏であった。目の前の硬貨は、恐らく収税の象徴であろう。
その銀銅の硬貨を凝視しつつ、心ここにあらずのこの若者は、この絵で描写された次の瞬間、荒々しく席を立ち、イエスに追従するだろう。
若者の「自分は一体、何をやっていたんだ」という、劇的な自省心さえこの絵画に描写したカラヴァッジョ。
鬼才というほかない。


真ん中でレビを指差す老人。
元々は、彼がマタイに擬せられた。

しかし彼がマタイだとすると、何故若者に指差しているかということが分明でなくなる。
これはやはり、イエスに「レビはこの若者だね」と問われて、「確かにこの若者が収税吏のレビだが」と答えているという情景とかんがえるほうが自然である。

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