spatium artis ( 2015.1.16 updated )
et in Arcadia ego
  アルカディアの牧人たち(アルカディアにまた我あり)
1637-39
Oil on canvas,
185 x 121 cm
Museo du Louvre,
Paris

【部分図。クリックにて拡大】

■梗概

 哲学的な絵描きとしてのプッサンの面目躍如たる作品。

 三人の牧人たちが、棺桶の文字を解読しているが、そこには "et in Arcadia ego." とラテン語が書いてある。
 アルカディアとは元々、ギリシアのペロポネソス半島にあった一地域。古代文学に出てくる理想郷である。また et は et tu brute? (ブルータスよ、お前もか)などの et であり、英語でいうと also に近い。ego とは myself のことであるが、動詞的時制が省略されているため、「アルカディアにも我あり」なのか、「アルカディアにも我ありき」なのかが割に問題になってきた。もし「アルカディアにも我ありき」と読むのであれば、「昔もわたしは理想郷みたいなところに居たことがあったなあ、でも死んじゃったけど」という年寄りの思い出話みたいな意味になって普通だが、「アルカディアにも我あり」だと、「我」というこの文章の主体が、そこに眠るその人である、というよりは、そこに眠るその人を死へといざなった死神、という意味にもなり、この碑文にはメメント・モリ(死を想え)の思想が含まれることになる。
 現在の解釈としては後者であり、また後者であったればこそ、古典文学に通暁する哲学的画家プッサンがこの作品に込めた思想に含蓄が感じられるというものである。

 そして要素は中心に集中しているけれども、寂寞とした思索的な背景の描写も主題に適したもので大変すばらしい。

碑文をなぞる牧人。
男3人はいずれも、その服装からして羊飼いだと思われる。

この画像では見難いが、その中心には梗概で記載したように、ラテン語 "ET IN ARCADIA EGO" と書かれてある。
引用元は知られておらず、プッサンの時代に創作された文章だとするならば、17世紀に流行した《ヴァニタス》の流れで作られたものだろう。なお《ヴァニタス》とは、人はすべて死にゆくものという意味であり、その観念を主題とした絵画は好んで、死を想わせるサレコウベや骨を描写した。
月桂冠をつけている男はやはり羊飼いだが、女性が同業つまり羊飼いの仲間なのか、それとも別の人間なのか、そもそも人間なのか、は議論の的となってきた。

ただ、このアルカイックな、憂愁に満ちた表情、そして碑文を指さしている羊飼いに教え諭すように背中に手を載せていることなどを考えると、これはまさに「生」と「死」のマージナルな存在、碑文の意味が説明できる存在ではあるまいか。
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