バルトークの管弦楽曲演奏にも定評のあるブーレーズが二度目に録音した作品。実に精妙な指揮で、蒼白く燃えている背景に、力強いジェシー・ノーマン(ユディット役)のヴォーカルが浮かび上がるようだ。シカゴ響もいつもながら見事なアンサンブル。曲の魅力を十全に、しかも演奏者の我を押し通すことなく表現した名盤だろう。
 ▽ Bela Bartok
Bluebeard's Castle
  歌劇 青ひげ公の城



■作曲 1911年
■初演 1918.5.24 ブダペスト国立歌劇場
      エギスト・タンゴ指揮による
■台本 ベラ・バラージュ
■言語 マジャール語
■時代 架空の時代
■場所 青ひげの城内






何と楽譜付きの全曲。YouTubeとは実に恐ろしいメディアだ。

《楽器編成》
Fr. 4 Ob. 2 E.Hr. Cl. 3 Fg. 4, CtrFg.1
Hr. 4 Tromp. 4 Tromb. 4 BassTuba Tim.
1st Violin 2nd Violin Viola Cello C.bass
Symbal Tamb. Tamtam Triangle Xylophon
Celesta Herp 2 Bass drum Side drum
※なお、舞台裏にTromp.4、Tromb.4を用意するよう要請がある

《登場人物》
青ひげ (バス) 青ひげ。騎士階級である。
ユディット (ソプラノ) 青ひげの新妻。
吟遊詩人 プロローグのみ。前口上説明役。歌わない
青ひげの妻たち(黙役) 幕の途上あらわれる青ひげの元妻たち。やはり歌わない。



■概要

 バルトーク唯一のオペラ。この台本は、『視覚的人間』(日本語訳は岩波文庫)などでも有名な作家・詩人であるベラ・バラージュ原作によるもので、この曲付けは元々、同じハンガリーの大作曲家、ゾルターン・コダーイに任されるはずのものだった。しかし台本完成後、一読したコダーイは内容にシンパシーを感じられないとして作曲を断った。この台本のそこここに見られる幻想的でシュルレアリスティックな表現に違和感を感じたのかもしれぬ。ところがコダーイとの友人であるバルトークがこの台本に惚れ込み、7ヶ月前後という速筆で完成させた。
 「青ひげ」の物語については、シャルル・ペローによる物語が有名である。これは元々ハンガリーの民話であり、ペローのもの以外にも、編作されたものを含めて「青ひげ」作品は数多い。代表的なものを挙げると、
 ・シャルル・ペロー『マザー・グース物語』所収同名作
 ・カート・ヴォネガット『青ひげ』
 ・オイレンベルク『青髯騎士』(レズニチェック作曲によりオペラ化)
 ・アンリ・メイヤック+リュドヴィク・アルヴィ『青ひげ』(オッフェンバック作曲によりオペラ化)
 ・寺山修司『青ひげ』(戯曲)
がある。
 基本的な物語の流れは次のようである。

 高位で裕福な青いひげの男。その城に嫁いだ妻は必ず行方不明になる。ある新しい妻を迎えた際、外出する青ひげは彼女に鍵束をわたし、「家の鍵を総て渡すが、中でこの金の鍵だけは使ってはいけない」と伝える。青ひげの留守中、気になって仕方がない妻は、使ってはいけないといわれていた金の鍵を使い、奥の部屋を開く。そこには青ひげが今まで妻に迎えた女たちが、死体となってぶら下がっていた。彼女は驚いて金の鍵を落としてしまう。床には血だまりが無数にあって、金の鍵はその血を吸い込んでどす黒く変色した。死体を見てしまった証拠を隠そうと彼女は金の鍵を必死で磨くが、血は全く落ちる兆しがない。そこに青ひげが帰ってくる。死体を見たお前は死なねばならぬと伝える青ひげ。死ぬのならせめてお祈りの時間を下さいと哀願する妻。7分半だけ貰ったお祈りの時間はすぐに過ぎ去り、妻はすでに死んだ心地でいる。その時、妻の兄弟である騎士が二人城に突入、すんでのところで青ひげを刺し殺し、妻を助ける。

 ベラ・バラージュによる台本は、このオリジナルストーリーを換骨奪胎したもので、すぐれて詩的な・あるいは幻想的な物語となっている。
 そして西洋的音楽技法を総て自家薬籠中のものとしつつ民族音楽の蒐集に余念がなかった当時のバルトークは、ペンタトニック・コードと4度の和音を駆使しつつ、彩色遙かでありながらバルトークらしい、どこか澱んだような、実に見事な音楽をつけている。その音調は重厚で繊細なオーケストレーションと相俟って、幻想的でかつ重暗い筋立てを際立たせる。素晴らしい作品である。

■内容

 全1幕
 吟遊詩人が前口上を述べる。彼は「どこで聞いたか分からないが、古い昔の言い伝え」を物語ることを伝える。
 青ひげの城内、広間は何の装飾もなく、真っ暗である。青ひげは新妻のユディットを迎える。ユディットは「父母、兄弟、許婚者まで捨てて」ここに来ていると言う。城内は真っ暗で、壁が濡れていることに気付いたユディットは「城が泣いている」、青ひげの城の涙を乾かすために、光を導き入れるためにわたしはやってきた、と述べる。城内に七つの扉があることを既にユディットは知っており、扉を開けるように青ひげに促す。青ひげはためらいながら、彼女に鍵束を渡す。ユディットは次々に扉を開けていく。第1の扉 たくさんの鎖、杭などがある部屋が現れる。青ひげは「わしの拷問部屋」だと述べる。ユディットはここで初めて恐ろしがる。「あなたの城は血を吹いている!」。しかし気丈にも再び前の調子を取り戻し、光が見えると言い始める。総ての扉を開かなければならない、光を、風を入れねばならないと主張する。第2の扉 武器と戦闘道具がある部屋が現れる。「わしの武器庫なのだ、ユディット」。ほかの鍵もわたしに下さい、と願うユディットに、青ひげは3つの鍵を渡す。第3の扉 宝物や宝石がある部屋が現れる。「わしの宝物庫なのだ」。宝石もダイヤモンドもお前のものだ、と言われたユディットは、宝石にも宝物にも血のあとがあることに気付き、不安になる。急いで第4の扉を開く。第4の扉 花園の部屋が開く。「わしの城の秘密の庭なのだ」。しかし白薔薇の根元にも、土にも血が付いていることに、ユディットは気付く。しだいに城が明るくなってくる。今度は青ひげ自身が、第5の扉を開くように促す。第5の扉 光を放つ部屋が現れる。「これがわしの領地なのだ。バルコニーから国中が見渡せる」。輝かしい山々が見られ、城はすっかり明るくなるが、空の雲が血の色に染まっていることに、ユディットは気付く。抱擁を誘う青ひげ。だがまだ「二つの扉が閉まっている」、それを開いてほしい、と強く求めるユディット。開けないでおこうという青ひげ。しかし要求に折れた青ひげは鍵を手渡す。第6の扉に立ち、ユディットが鍵をまわした途端、すすり泣きが聞こえてくる。第6の扉 幾分あたりが暗くなる。白い湖ばかりが見える。「ユディット、涙なのだ」。接吻を誘う青ひげ。同時に「最後の扉は、わしは開けない」と宣言する。二人は口づけ、抱擁しあう。ユディットは、青ひげがむかし愛した女のことを訊ねる。第7の部屋に、今まで青ひげが愛した女たちが死体となって入っているに違いない、そのようにユディットは青ひげを詰問する。遂に青ひげは7つ目の鍵を手渡す。第7の扉 鍵をまわすごとに、第6の扉、第5の扉が閉じる。あたりは暗くなる。第7の扉が開き、蒼白い光が差し込む。「わしの愛した女たちを見るがいい」。宝石で身を飾り立てた3人の女が現れる。彼女たちが生きており、輝いているのに気付いて、ユディットは驚いて後じさりをする。彼女たちと比べて「わたしはみすぼらしい乞食」だ、と述べる。第1の女は夜明け、第2の女は真昼、第3の女は夕暮れ、第4の女は真夜中に見つけたことを、青ひげは語る。ユディットはやめさせようと叫ぶ。青ひげは語り続ける。夜会服をユディットに着せ、ダイヤモンドの王冠、首飾りをユディットに授ける。ユディットは、他の女に添い、第7の扉へ入ってゆく。扉が閉まる。
 「もういつまでも夜だ……夜だ……」と独りつぶやく青ひげ。舞台は最初のように暗黒となり、幕が下りる。

■付記

 この作品に限らず、バルトークの作品は、色彩は豊かなのだが「つや消し(マット)」がかかっているような、独特の音調をもっている。これをわたしは「バルトーク・マット」と呼びたいのだが。

(up: 2009.3.6)
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