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世ではベートーヴェンの第2といえばワルター、ワルター、ワルターだ。勿論ワルターはとてもいいのだが、このケンペ盤もいい。鄙びたMPOの音色、スタッカートをはじめとした表情記号をゆるがせにしない職人ケンペのバランス感覚、いずれも素晴らしい。華やかではないが、推進力は極めて意志的であり、これに慣れると他の盤のいずれもが厚化粧の冷血に聞こえる。* ただ現状、この単発盤は入手困難のようで、もしケンペが振ったベートーヴェン交響曲の全集が手に入るようなら、そちらをお奨めしたい。



ワルターである。端正で美しく、バランスも悪くない。とてもよい。




実は第1に推したい音盤はカール・ミュンヒンガー指揮、シュトゥットガルト放送響のものであるが、そもそもが輸入盤である上に現在手に入らないようだ。低音を主導とした押し出しの強さ、控えめに揺れるテンポのロマンティック、いずれも素晴らしいのだが。
 ▽ Ludwig van Beethoven
Symphony No.2 in D-Dur op.36
  交響曲第2番 ニ長調 作品36



■作曲 1801〜02年
■初演 1803.4.5 アン・デル・ウィーン劇場
      ベートーヴェン指揮による
■献呈 リヒノフスキー伯爵

《楽器編成》
Fr. 2 Ob. 2 Cl. 2, Fg. 2
Hr. 2 Tromp. 2 Tim. 2
1st Violin 2nd Violin Viola Cello C.bass


■概要

 ベートーヴェンを語る上で落とせないのが、「ハイリゲンシュタットの遺書」と呼ばれる文章、そしてその遺書が書き記された前後の時期、である。
 ベートーヴェンは1800年以前に、既に自分の聴覚異常に気付いていた(一説によると1798年)。自らが恃む音楽家としての才能、その才能に関わりが最も深い聴覚、その異常を周囲に気付かれることを彼は強く恐れ、密かにさまざまな治療を試みたが、そのどれもが徒労に終わった。彼は保養のため、1802年の晩春から秋まで、ハイリゲンシュタットに滞在したが、彼をむしばむ耳疾は急速に悪化する。己の運命に相対峙し、そしてついには自殺までをも考えるようになる。その際10月6日と10日に、弟たちに向けて書かれたのが「ハイリゲンシュタットの遺書」である。
 無論われわれが今日知るように、彼は死ななかった。それは、自身の創作意欲が死の意識に勝ったともいえるだろうし、「運命の喉笛を」ひっ掴むため、ただ死ねなかったともいえるだろう。ここにおける臨死と復活が何に因るものであろうとも、彼はここで回生し、そして交響曲を、ピアノ曲を、弦楽四重奏曲を……いや、こういうべきだろう、作曲技法、作曲思想、奏法、楽器、彼に関わる音楽的なすべてのものを、かつてない高みにまで引き上げた。

 この第2交響曲が構想されたのは1800年前後であるようで、本格的に着手されたのは1802年の夏であるようだ。しかし、この作品をとりまく曲想は優れてアポロ的・モーツァルト的で、ベートーヴェン交響曲にしばしば見られる鬱血質のものは何もなく、極めて風通しがよい。不幸な時期に不釣り合いなアポロ性、この因は、「ハイリゲンシュタットの遺書」の時期以前に既に第2番が構想として練られていたことによるのかもしれず、ひいては、のちに「ハイリゲンシュタットの遺書」を書く原因の一にもなったジュリエッタ・ギチュアルディへの愛情華やかなりし時期だったせいかもしれぬ。いずれにせよ、後の作品にも強く見られる「ベートーヴェン的シュトゥルム・ウンド・ドランク(疾風怒濤)」の雰囲気は大いに持っていながら、この曲はとても協和的であり、内側から照射される強い輝きをもっている。

■内容

 第1楽章 アダージョ・モルト 4分の3拍子 - アレグロ・コン・ブリオ ニ長調 4分の4拍子。 まずニ音による序奏から、この曲は始まる。アダージョ・モルトによるこの序奏はしかし、憂鬱な感じがまるでない。ここを支配するリズムは、前打音である16分音符あるいは32分音符を従えた4分音符、「ダダン」というリズムで、このリズムは楽章を通して現れる(以下このリズムを「序奏リズム」と呼ぶ)。そしてスタッカート勝ちに奏される主調ニ音は、光がぽつぽつと足下に落ちるような印象を与える。33小節にわたる序奏はヴァイオリンの急速な降下旋律が出て終わり、主旋律に入る。この主題呈示冒頭の形式を少し丹念に見るだけで、第2交響曲の性格は瞭然である。チェロによる第1主題は、ニ(D)→嬰ヘ(F#)→イ(A)の分散和音の間に急速な経過句を挟み込んだものであり、イに至ったあとは、スタッカート気味に再び嬰へ→ニ、へと帰ってゆく。ニ長調がそもそも輝かしい調性格であることを考え合わせると、一分の隙もない美しい構成である。ギリシア芸術であり、調和の美感であり、アポロ的音楽である。この旋律は盛り上がりながら繰り返されるが、序奏リズムによる警笛のようなヴァイオリンの旋律がでて、やがて柔らかく、木管に第2主題が出る。無窮動的なヴァイオリンの旋律に伴奏されつつ主題は確保され、第1主題の断片による小結尾が起こる。展開部は第1主題を基礎としてカノン風の展開技法が見られるが、次の第3交響曲と比較すると量的にかなり短いものだ。第1主題を用いた再現部のあと、コーダへと入る。コーダもやはり第1主題を展開するような楽想で、序奏リズムを伴いつつ、ざっくりと終わる。

 第2楽章 ラルゲット イ長調 8分の3拍子。 明るく、晩夏の夕暮れのような楽章。特に冒頭、弦から出る主題は、ベートーヴェンが書いた緩徐楽章主題のなかでも屈指の美しい旋律である。それはクラリネット中心に木管によって繰り返されるが、A管クラリネットの美しさは、やはりイ長調の緩徐曲で最も際立つ。続いてホ長調に転調され、ヴァイオリンによって、刻むような第2主題が現れる。展開部は第1主題を中心とした幻想曲風のもので、ところどころベートーヴェンの強力が現れるが、どこまでも節度をもって柔らかである。

 第3楽章 スケルツォ アレグロ 三部構成 ニ長調 4分の3拍子。 当時の交響曲の形式では第3楽章はメヌエットである。そこにベートーヴェンは初めて、スケルツォを持ち込んだ(※注釈1)。スケルツォは「諧謔曲」とも呼称されるが、急速で幾分シニックな楽想をもつ、3拍子の曲である。これ以降、交響曲の楽章にスケルツォを使う作曲家が格段に増え、交響曲構成にとって極めて正統的な楽章となった。さて、当該曲の主要主題は大きな跳躍と強い強弱対比で、左右で点滅しているような雰囲気をもつ。中間部は柔らかだが、じきに激しい楽想となる。

 第4楽章 アレグロ・モルト ニ長調 2分の2拍子 ソナタ形式。 鋭く跳ねるような第1主題が冒頭から登場する。木管に出る膨らむようなオクターヴ下降の旋律が第2楽章である。どこまでも明るい。再び第1主題が登場するが、これは一般的な主題リピートではなく展開部のはじめである。第1主題はコラージュのように分解・接合されながら展開されていく。第1主題が冒頭の姿で現れ、再現部となる。第2主題も同様に再現され、ヴァイオリンとファゴットで心許なくも逍遙するような主題が登場すると結尾部にはいったことが知れる。この結尾部は非常にすばらしい部分で、終結の部分であるにもかかわらず、ベートーヴェンの天才は未だ落ち着く処を知らず、第2主題的なおおらかさと「序奏リズム」によって(序奏リズムは主旋律に乗る、木管による一瞬の煌めきに顕著である)次々に展開されてゆく。特筆すべきは417小節からの部分で、全合奏がフェルマータにて鳴り、直後に、第1主題と第2主題を極限まで薄めたような旋律がヴァイオリンのピアニシモにて出る、引っ込む、出る、引っ込む、そして華やかな総結尾に至るところで、わたしはここにこそ、若きベートーヴェンの「天才性のひらめき、その余裕」を見いだしたい。何度聴いてもドキリとする。この余裕はすぐれてハイドン的だが、楽曲の緊張度がハイドンよりも高いため、このひらめきがより鮮やかに感じられる。

■付記

 交響曲第1番、および第2番は、古典派の枠内でベートーヴェン的に書かれた、といっていいだろう。更に言えば私見では、第1番はベートーヴェンの、ハイドンへのオマージュ、第2番はモーツァルトへのオマージュであるように聴かれる。無論ベートーヴェンは自我肥大ばかりの音楽家のなかでもことさら唯我独尊性を強くもつ作曲家だけに、そもそも「オマージュ」という概念自体念頭になかったかもしれぬが、改めて並べてみると、第1の小回りの有効性、また属七和音で鳴る冒頭に見られる一種の洒落っ気、第2の、プットのようなヘラクレスが暴れ回るかのようなアポロ性と風通しの良い構成、これらの特色はそれぞれ、ベートーヴェンの先人二人になぞらえたくなるような近似性をもっている。

 ところでこの第2番は、ウィーンが生んだ最初の市民作曲家・シューベルトが最も愛したベートーヴェンの交響曲であるという。そう、例えば彼の交響曲第5番などに、正しくこのベートーヴェンの第2番のエコーを感じることができる。こうして音楽は受け継がれてゆく。



(up: 2009.5.24)

※注釈1
ベートーヴェンがソナタ曲でスケルツォを使うのは初めてではなく、たとえば、1796年に作曲したピアノソナタOp.2などに、既にその姿が見えている。第1交響曲第3楽章にて、メヌエット名義でスケルツォを試作したベートーヴェンとしては、この第2交響曲で実としてのスケルツォ形式を完成させた。因習に倣い、名称はまだ「メヌエットとトリオ」となっているが、形式は完全にスケルツォである。そして記念碑的交響曲「エロイカ」において、彼はついに誇り高い「第3楽章スケルツォ」を名実共に呈示する。

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