バレンボイム指揮ベルリン国立歌劇場の演奏。なんだか一部の評論で「爽やかな演奏」とか書かれているのを見たことがあるが、時々ものすげえ力がかかっている濃厚な演奏である。まあシュターツカペレ・ベルリンの音がさらさらだからそういう感じがあるかもしれない。タイトルロールのペーター・ザイフェルトがいい。ある時期バレンボイムは時々フルトヴェングラーみたいなロマン的演奏をやりたがったが、この録音はそれに成功している。


EMI 制作・ワーグナー楽劇ボックスのタンホイザーはハイティンク指揮バイエルン放送響の演奏。ドレスデン版。エリーザベトをルチア・ポップが歌っていて可憐でよい。あとヘルマンを演じるクルト・モルもいいが残念ながら余り出番がない。ハイティンクの指揮はいつも以上に堅実。ハイティンクとアムステルダム・コンセルトヘボウの普段の演奏が平熱36度3分だとするなら、平熱35度6分という感じ。でも一枚目にはいいのではなかろうか。


1989年、バイロイト音楽祭での演奏。シノーポリ指揮バイロイト祝祭管弦楽団の演奏。パリ版。リチャード・ヴァーサルのタイトルロールは結構好きだが小さくまとまっちゃってる感じがないわけではない。ヴォルフガング・ブレンデルのヴォルフラムはいい。演出がヴォルフガング・ワーグナーによる象徴的なもので中々面白い。指揮はこの頃のシノーポリに時々ある感じの時速50キロ安全運転みたいな感じ。でもオケがバイロイト祝祭管なんでやはり普通にやってもスケールが出ている。



なお、ショルティとウィーン国立歌劇場管弦楽団の有名なやつは、なんだかオケがいやいや演奏してるみたいな感じで、持っているが余り好きではない。パリ版だし。


 ▽ Richard Wagner
TANNHÄUSER
歌劇《タンホイザーとヴァルトブルクの歌合戦》



■作曲 1843〜45年(パリ版は1861年)
■初演 1845.10.19 ドレスデン ザクセン王室宮廷劇場
      ワーグナー指揮による
■台本 リヒャルト・ワーグナーによる
■言語 ドイツ語
■時代 中世、13世紀前半
■場所 ドイツ チューリンゲン地方ワルトブルク

《楽器編成》
Fr. 2 Ob. 2 E.Hr.,1 Cl. 2, BassCl. Fg. 3
Hr. 4 Tromp. 3 Tromb. 3 Tuba Tim. 2
1st Violin 16 2nd Violin 16 Viola 12 Cello 12 C.bass 8
Symbal Tambline Triangle Harp


《おもな登場人物》
ヘルマン (バス) テューリンゲンの領主。エリーザベトの伯父。
タンホイザー (テノール) 吟遊歌手。ヴェーヌスベルクが忘れられぬ騎士。現代でいえばソープ狂いの所帯持ちというに近い。歌合戦ではほぼ無敵。
ヴォルフラム・フォン・エッシェンバッハ (テノール) 吟遊歌手。騎士。タンホイザーの友人。彼を正道に戻そうとして失敗する。優秀な歌い手。
ヴァルター・フォン・デア・フォーゲルヴァイデ (テノール) 吟遊歌手。騎士。
エリーザベト (ソプラノ) ヘルマンの姪。かつてタンホイザーと純愛を交わしていたことがある。タンホイザーが出て行って以来、歌の殿堂に入っていない。
ヴェーヌス (メゾ・ソプラノ) 官能的な愛によりタンホイザーを虜にする。花魁というよりはナンバーワン風俗嬢。



■概要

 ワーグナーはドレスデンの宮廷楽長として多忙な毎日を過ごしていたが、《リエンツィ》、《さまよえるオランダ人》などの成功で急速に世間に認められつつあった。そんな中でも1842年から43年にかけて彼は、つぎの《タンホイザー》の制作をすすめ、1843年の半ばには台本を既に完成させていた。さらに作曲は同年の7月から行われ、1845年4月13日に完成をみた。
 初演は、番号付きのダ・カーポ・アリアに慣れ親しんでいた聴衆に受け入れられず失敗するが、3度めの上演で受け入れられ、嵐のような喝采を受ける。更に47年8月、ドレスデン上演の前に終幕を明快に完結するように改訂したことにより、完全に受け入れられた。

 中世には、しばしば騎士はミンネゼンガー(恋愛詩人)であったらしい。そしてこのミンネゼンガーにして騎士でもあるタンホイザーというのは実在の人物であるとされる。13世紀、各地をさまよい、ウィーンのフリードリヒ2世に仕えたことがあるタンホイザー伝説は、15世紀になって有名になったものであるらしい。その伝説はまさにこのワーグナーによる台本に見られるような筋であり、次のようである。恋の快楽を知るために1年間ヴェーヌスの洞窟にこもったタンホイザーはのちに聖母マリアに助けを求め、改悛生活に入るべくローマ法王を尋ねるが、厳格な法王は自分の持つ枯れ木の杖に芽が生えぬ限り救済はないと断罪する。悲しむタンホイザーは聖母マリアに別れを告げ、ヴェーヌスベルクに戻った。3日後、教皇の杖が芽吹いたため皆はタンホイザーを探しまわったが見つからなかった、そういう筋である。
 これをまずベースの筋とした上で、さらにワーグナーは13世紀の詩にある歌合戦の故事をとりあげた。チューリンゲン方伯ヘルマンの邸で行われた歌合戦、史書に記載はないが、登場人物(つまり今回のワーグナーの台本でも出てくる、ワルターやヴォルフラム)は実在の人物であり、史実に基礎をおいたフィクションとも考えられる。その2つの物語、すなわちタンホイザー伝説と歌合戦物語を複合的に構成したのがこのワーグナーの台本である。

 この《タンホイザー》は2つの改訂が絡んでいる。こんにちの終幕の形は、45年版の総譜によるのではなく、先にも述べた1847年8月1日ドレスデン上演に先立って改訂されたもの(ドレスデン版)によっているが、更にこれは1861年、パリ上演に際して大きく変更された。パリ版の特徴は、当時のパリの好みに合わせたように、第1幕はじめのヴェーヌスベルクでの場面にバレエを挿入したこと(パリ版)である。
 バイロイト音楽祭では、ワーグナーの遺志によりパリ版が演奏される。

■内容

 序曲
 しばしば単独でも奏される名曲。ホ長調。このオペラで登場する動機がたくさん現れる。三部形式をとっており、「巡礼の合唱」で「ヴェーヌスの音楽」を挟んだような構成になっている。まずアンダンテ・マエストーソにて「巡礼の合唱」の動機が金管に現れる。主要主題といっていい。やがてアレグロとなりいわば中間部、ヴィオラとクラリネットといういわば「人肌の」楽器によって奏される急速な上昇音型が「歓楽の動機」、符点つき8分音符を中心にまるでシャックリのように木管で奏されるのが「シレーネの呼び声」、テンポが戻って弦で力強く奏されるのが「ヴェーヌスの動機」である。そののちに嬰ヘ長調でヴァイオリンに出てくる短い呼びかけのような動機が「誘惑の呼び声」。中間部は先のヴェーヌス動機を繰り返して膨張するが、やがて遠ざかり、再度「巡礼の合唱」動機が荘厳に現れ、曲が終焉する。
 なお、パリ版ではこの直後に優美なバレエ音楽およびバレエが入る。冗長なのでわたしは嫌いである。

 第1幕
 第1場 ヴェーヌスベルクの音楽とバッカナール。ヴェーヌスベルク、洞窟の中央に官能の女神ヴェーヌス、腕枕をしてもらってタンホイザーが寝転んでいる。風俗だとだいたい寝転んでいるおっさんの説教が始まる時分であり、これを一般的には「賢者モード」と呼び称する。若者やニンフが踊っている。ヴェーヌスの周囲には3人のグラーツィエ(優美の女神)が居る。いわゆるいかがわしい世界と思えばよろしい。
 第2場
 タンホイザー、官能歓楽「三昧」もさすがに飽きたようで、地上に帰りたいといい始める。ヴェーヌスはお大尽を逃したくないので思いとどまるよう説得してくる。タンホイザー、「ヴェーヌスの動機」に乗って愛の喜びを歌う。ただ最初のこの愛の喜びは変ニ長調。百戦錬磨のヴェーヌス、迷いを見抜く。私の魅力に飽きたのね!裏切り者、と叫ぶ。世間でもよくある場面である。タンホイザー再度、今度は変ホ長調で同じ動機を歌う。今度は英雄の調性、タンホイザーに力を与え、終わりに私を行かせてくれと叫ぶことができる。ヴェーヌス、「お行き、でも無駄なこと、追放されて帰ってくるわ」と残酷極まることを言い放つ。タンホイザーが聖母マリアの名前を出すと、歓楽の世界すべてが消え去る。
 第3場 ワルトブルク山麓の谷。
 うってかわって春の明るく健康的な雰囲気が満ちる。若い羊飼いが牧笛を吹きながらト長調でアルプス民謡のような節を歌う。巡礼たちが現れ、同じくト長調という鮮烈な調性で「穢れ無き聖母をいざ 讃えん 巡礼の行く手に恵みを垂れ給え」と歌う。序曲でも出た「巡礼の合唱」の動機が巡礼全員で荘厳に歌われる。風俗街から出てきたタンホイザーにとっては染みわたる風景であり音楽だろう。さもありなん彼は感動して「我は安らぎを求めず 苦難と辛苦を甘受せん」と祈る。
 第4場
 ファンファーレとともに、領主ヘルマン、そして彼の騎士たちが通りかかる。しばらく行方不明だったタンホイザーが一心に祈っているのを見つけて喜ぶ。騎士のなかでも気心の知れたヴォルフラムはタンホイザーに、また我々の仲間に入れと誘う。逡巡するタンホイザーだが、かつて清い愛を結んだエリーザベトのことを聞く、彼も「彼女のもとへ!」と歌う。

 第2幕
  前奏曲はト長調の壮麗なものだが、ヴェーヌスの誘惑の思い出が出てたびたび中断する。
 第1場
 ワルトブルク場内。歌合戦の準備がなされている歌人の広間。エリーザベトが「歌の殿堂」のアリアを歌う。内容は、タンホイザーが失踪してから入らなかったこの殿堂で歌合戦が開催できる喜びを歌うものであり、歌の中でエリーザベトはタンホイザーに親称("du")で呼びかける。
 第2場
 タンホイザーがヴォルフラムと一緒に入ってくる。エリーザベトの足下に跪き挨拶をかわす。エリーザベトは当然失踪中の居場所を尋ねるが「遠いところで覚えていない」とタンホイザーははぐらかす。エリーザベトに泣かれて一瞬「ヴェーヌスの動機」が出かかる場面もあるが、さすがにうら若い乙女に風俗街に入り浸っていたとはいえない。エリーザベトは変イ長調の「愛の動機」に始まる歌で心から歓迎する。やがてタンホイザー、ヴォルフラムも加わって三重唱となる。
 第3場
 領主つまりエリーザベトの伯父が入ってきて、エリーザベトと対話を行う。タンホイザーが失踪してからお前はこの殿堂に足を踏み入れなかったが、今ここに居る、と語りかける。心の秘密を労っている。
 第4場
 入場行進曲とともに騎士、来客が入ってくる。入場行進曲は単独でも奏されることの多い、実に勇壮なもの。入場完了後、領主ヘルマンが立ち、今回の歌合戦のお題「愛の力」を披露、久しぶりに歌合戦に帰ってきたタンホイザーを歓迎する。ヴォルフラムが立って歌う。「高貴なる集いを見回せば」から始まる歌だが、タンホイザーは「憧憬が足りない」と言い出す。続けて「歓楽の泉をわたしは飲み干すのだ」と歌う。ワルター・フォン・デア・フォーゲルヴァイデが立って、ヴォルフラムに賛成して人々の喝采をさらう。タンホイザーは「ワルターは愛の姿をゆがめている」として興奮して立ち、愛の歓楽を讃えてしまう。ざわめく観衆。老騎士ビッテロルフがタンホイザーをたしなめる。タンホイザー、ビッテロルフに対し「愛の喜びを味わったことがないのだ!」とののしる。ヴォルフラムはその場をどうにか丸く収めようと、「天よ、私に耳を貸し給え」で始まる、タンホイザーをやんわりたしなめ純愛と天使を讃える歌をうたう。いきり立ったタンホイザーはそれに呼応して遂にヴェーヌスをたたえる歌を歌ってしまう。毒食らわば皿まで、ヴェーヌスベルクに居たことを自ら暴露してしまう。驚く観衆。剣を抜き斬奸を果たそうとする騎士。騒然たるものだが、エリーザベトはタンホイザーのために命乞いを行い、贖罪を行って敬虔な真人間に戻るようにと歌う(「命乞いの動機」)。ヘルマンはタンホイザーに、こんな大罪を犯したからにはローマに行くほかないからすぐに行けと命令する。

 第3幕
 第1場 ワルトブルク山麓の風景、しかし季節は秋となっている。エリーザベトがマリア像の前に跪き、祈っている。ヴォルフラムが現れ、エリーザベトが居るのを見て「僕が山を降りるといつもここで 彼女が祈っている」という歌をうたう。「まもなく巡礼が帰ってくるが その中でタンホイザーも恩赦にあずかって 帰ってきてほしいと 彼女は日夜祈っている」という美しい歌である。やがて「懐かしきは、ふるさと」で始まる「巡礼の合唱」が聞こえ、巡礼たちが姿をあらわし、歌い始める。「懺悔により救いが与えられた者にこそ 天国の安らぎが与えられる 地獄や死とて恐るるに足らぬ されば 神を永遠に讃えん」と歌われる壮麗勇壮な場面である。巡礼は皆罪を贖い、祖国へ帰ったきたのだが、その中にタンホイザーはいない。エリーザベトは再びマリア像に祈りを捧げ、レント - 変ト長調で「エリーザベトの祈り」を歌う。歌が終わったのち、ヴォルフラムはエリーザベトに帰ることを促すが、肯んじないエリーザベト。ひとり去っていってしまう。
 第2場
 ひとりその場に残ったヴォルフラム。竪琴を弾きながら、「夕星の歌」を歌う。「死を予告するように夕闇が当たりを包む」と始まるモデラートのこの歌で、ヴォルフラムはエリーザベトの死がそう遠くないことを感じている。
 第3場
 夜。タンホイザーが真っ青な顔で、ボロボロになって杖をついて現れる。驚くヴォルフラム。タンホイザーはローマ行きの顛末を物語る。辛酸を舐めてローマにようやく辿り着き、群衆のなか聖地に入り、法王に許しを乞うたが、法王は彼に対しヴェーヌスベルクに行ったものには救いはないと宣言した、と。失望し自分に残されたものはもはや歓楽のみと語って次第に興奮してきたタンホイザー、ヴェーヌスのところへ行く!と宣言する。ヴェーヌスベルクの音楽が聞こえてくる。ヴェーヌスが現れ、タンホイザーを迎えようとする。ヴォルフラムはタンホイザーを留めようとする。三人の三重唱となるが、ヴォルフラムがエリーザベトの名を叫ぶと、タンホイザーは目が覚め、ヴェーヌスは消え去る。目の前にエリーザベトの遺骸を運ぶ葬列が近づき、合唱が聞こえてくる。彼はエリーザベトの亡骸の前で倒れ、息絶える。若き巡礼たちの一行が、法王の杖を持って現れる。この杖は法王からタンホイザーに与えられたもので「この杖が芽吹かぬかぎり、おまえは救われない」と宣言されたものである。いまその杖には葉が生え花が咲いている。エリーザベトの清らかな魂の犠牲によりタンホイザーの罪が赦されたのであった。


■付記

 実際の合戦ではなく、歌合戦にて雌雄を決するというのもなかなか騎士道的でいい。タンホイザーもエリーザベトも死ぬが一応最後は魂が救われたとなるので、その後味は陰鬱でもない。
 この次のワーグナーの歌劇《ローエングリン》になると少し旋律が複雑化してわかりにくいが、この《タンホイザー》は筋も旋律もわかりやすく、かつきちんと動機構成がなされている上にそんなに長くないのでワーグナーを最初に聞く分には敷居が低いと思われる。

(up: 2015.1.1)
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