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Nichorai Kapustin (b.1937-)
ニコライ・カプースチン






(※註釈1)
ゴリデンヴェイゼルの師のひとりは、若き日のショスタコーヴィチに「この子は才能がありません」と言い放ったアレクサンドル・ジロティである。当ウェブサイト「ショスタコーヴィチの生涯・第一部」参照。更にいえば、ゴリデンヴェイゼルの弟子のひとりはショスタコーヴィチにも馴染みの深いピアニスト、タチアナ・ニコラーエヴァである。



■あわいということ、カッケーということ

 音楽という詰め合わせのギフトに一体何が入っているのか、われわれはその包み紙を開いて何を受け取るのかまた受け取れるのか、というのをよく考えるが、個人個人がそれぞれのセルに閉じこもってヘッドフォンから出てくる音に耳を傾ける、あるいは頭をフリフリする、というのがよく言われる「音楽受容の多様化」のひとつだとするならば、その包み紙の中に入っているものの極北はやはり感覚的快感だろう。そして感覚的快感のひとつが「カッケーかよくねーか」だと思われる。
 ドイツ観念論のアオリを食らって音楽のギフトの中に自由だとか友愛だとか団結だとか個我だとか認識だとか、小林秀雄の言い方でいうところの「やくざな」観念がいっぱい入っていた時世ならばともかく、周囲が他人だらけの電車のなかで独りイヤフォンで合唱交響曲を聴いてその人類愛に感涙に咽んだとしても、周りの人はついてくる筈もなくイヤフォンで何か聴いて独り泣いている人間が変人扱いされるか、よくて「アンタ大丈夫か」と妙ちきりんな心配をされるのがおちのこの21世紀においては、「カッケーかよくねーか」を基準に音楽を聴くというのも悪いものではないどころか、その音楽受容の方法論的限界からいって唯一のマトモな聴き方ではないのかとさえ思われる。
 ……というふうに、それこそ「やくざな」スタンスからものを言い始めてみるけれども、有り体にいってカプースチンの音楽は恰好良い。カッケーわけである。

 ジャズの名ピアニストがしばしばクラシックの名曲を演奏したりするが、往々にしてよそ行きというか、いつも暴れまわっている悪ガキが先生の家にお邪魔して静かに茶を飲んでいるような、そんな風情があることが多い。やはり曲がモーツァルトやらベートーヴェンやらだと余り好きなこともできないわけで、じゃあジャズとクラシックのクロスオーバーってあるのかね、といわれたときに、このカプースチンの構えはひとつの理想といえるものであろうと思われる。つまり、ジャック・ルーシエのように、ジャズの語法でクラシックをやるではなく、またはアンドレ・プレヴィンのように、クラシックの語法でジャズをやる、というのでもなく、ジャズとクラシックのあわいにある語法で自分の音楽をやる、という構えである。カプースチンが作曲するものの多くは、24の前奏曲とフーガだったりヴァイオリン・ソナタだったり、いわゆるクラシック的曲名がついているけれども、そして構成はやはりクラシックなんだけれども、しかし鳴る音楽のハーモニーとリズムはあくまでもジャズである。即興よりは構成的だが、クラシックとは語法が違う。和声の味わいはスクリャービンなどを思わせるときもあるが、しかしリズムが全く違う。しかもそのリズムは自由であり、スウィングする感じのものもあるが、タンゴ的なものもあり、またクラシカルなポリリズムの場合もある。ようは自由なわけである。その意味では立ち位置としてはアストル・ピアソラを思わせるところもある。

 クラシックとジャズの境界を自由に行き来するひと、それがこのカプースチンである。

■略歴

 1937年11月22日、ロシア生まれ。7歳の頃からピアノを始め、モスクワ音楽院に入学後はアレクサンドル・ゴリデンヴェイゼル(※註釈1)にロシア伝統のクラシック・ピアノ演奏を学ぶ。いっぽう平行して16歳の頃ジャズに触れ、影響を受ける。音楽院を卒業した1960年代すなわち24歳のころから、ピアニストとして活動しつつ、同時に作曲を始める。当時はまだ余り挑戦されていなかったジャンル、すなわちジャズの要素を取り入れた管弦楽作品を手がける。
 自らも卓越したピアニストであることから、自作自演の録音が多い。

(up: 2015.1.3)
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