アバドのマーラーはBPOで固めたのちの全集より1970年代にいろんなオケを振り分けたもののほうが出来がいい。78年、VPOとの録音。当時のロンドン響とのイタリア交響曲などにも見られる、若いアバドのスプリング感と、VPOのやわらかな合奏能力が合算されてとてもいい演奏。


導入部、鈴とフルートを思い切り遅く出て、主部でいきなりスピードを上げるというラトルの面白い演奏。のちBPO常任指揮者になったあとのライブでも同じことやってたんで、ラトルの解釈なんだろうと思う。
 ▽ Gustav Mahler
Symphony No.4 in G-Dur
  交響曲第4番 ト長調


■作曲 1889〜90年
■初演 1901.11.25 ミュンヘン
      マーラー自身の指揮による

《楽器編成》
Soprano
Fr. 4 Ob. 3 EHr. , KCl. Cl. 4,BCl. Fg. 3
Hr. 4 Tromp. 3 Tim.
1st Violin 2nd Violin Viola Cello C.bass
Symbal Triangle Tam Tam
Glockenspiel Harp Bass drum Bell


■概要

 マーラーがこの作品を書き始めた1899年、彼はすでにウィーン宮廷歌劇場の音楽監督に就任しており、その直前には恐らくマキャベリスティクな理由で、つまりは見過ぎ世過ぎにユダヤ系では不都合だという理由で、カソリックに改宗している。この頃の彼はヴェルター湖畔に別荘を建て、そこに盛んにでかけるようになっていた。結局この第4交響曲を完成したのも、その別荘においてである。1901年には、のちに結婚するアルマ・シントラーとも出会っている。疾風怒濤というべき彼の人生にとって、心身共におおいに充実していた時期の作品といえるだろう。

 マーラーの交響曲第1番は器楽曲であるが、2番・3番と合唱付きの交響曲が相次いで作成されている。そして第5番から第7番までは再び純粋な器楽曲として作成される。第5番がマーラーの交響楽芸術における中間点としたならば、合唱の規模を小さく(ソプラノ独唱が第4楽章に入るのみ)し、器楽曲への回帰を示したこの第4番というのは、マーラーの交響楽作曲における転換点に位置している作品とも呼びうる。

 さて、楽章構成は、マーラーにしては古典的といいうるほどオーソドックスな仕掛けとなっている。第1楽章には導入としてミディアムな速さの楽章を配し、第2楽章にスケルツォ、第3楽章にアダージォ、第4楽章にはゆるやかな、合唱付きの楽章を持ってきている。「死の舞踏」と本人が語ったといわれる第2楽章についてもいつものマーラーの仕事のような毒はなく、マーラーを聴いた事がない人にでも比較的すっきりと聴かれる楽曲であろう。

■内容

 第1楽章 「ほどよく、急がずに」 ト長調 4分の4拍子。導入は鈴とフルートの愛らしい音形である。やがてヴァイオリンが主題提示を行う。象のタップのような、スタッカート付きで奏される低弦の経過が実に楽しい。やがて同じくスタッカートで奏される弦の装飾音付きでクラリネットに爽やかな音形が一瞬登場し、音楽が一瞬盛りあがり、弦の下降旋律とともに一時の間をもつ。ここまでが呈示部主要主題である(37小節まで.バーンスタイン/ACOのCDでいえば 1:44-.以下時間表示は当該盤)。ついで弦によって奏されるのが呈示部副主題だ。それは木管、特にオーボエによって摸倣され、音楽は豊かに、粛々とたゆたう。エスプレッシーヴォでチェロが優しい旋律を奏で(2:23-)、子守唄のような曲想は豊かに広がっていく。やがてオーボエが幾分コミカルな音を形作る(3:09-)と、呈示部副主題提示は終わり、呈示部・第1終結部の始まりである。その音形は弦によって摸倣され、弦が下降すると再びオーボエに今度は幾分変形されて出、やがてファゴットが合いの手を入れる(3:55-)とそれをバスが真似る。ここまでで呈示部・第1終結部が終わり、呈示部の中の再現部が始まる。再び鈴の音が響き、主要主題が再登場する(4:15-)。ただ今度はクラリネットがお供についているだけ華やかな感じになる。しかしすぐ後のヴァイオリンの動き(81小節/4:27-)から、普通の再現部ではないことが知れる。それらが楽器を変えつつ進展し、静まった頃(4:57-)に呈示部・第2終結部が開始される。ヴァイオリンに登場してくる音形に「天上」がイメージされて実に美しい。それがやがてチェロに受け継がれ、フルート抜きの木管とチェロが最弱音で静かに鳴ると、音楽はひと段落する。ここまで続いてきた第1楽章呈示部が終了し、やがてみたび鈴が鳴り響く(5:52-)と展開部に移る。ヴァイオリン・ソロが呈示部主要主題の断片様のものを奏し、ホルンに呈示部の断片が出て、主要主題が一瞬登場し、そちらに戻るのかなと思わせといて再び大きな変転をなす。やがてバスのピッツィカートに乗ってフルートに快活な旋律が出る(126小節/6:50-)。再びそれは展開され、何だか少々胡散臭い雰囲気が漂い始める。一瞬、またぞろあの鈴の音が登場する(7:54-)がそれはすぐに消え去り、木管が次々と呈示部冒頭の旋律を展開していく。やがて呈示部冒頭の主要主題が登場する(9:03-)が、転調されている為それはどこか薄暗い。ティンパニのおどろしいトレモロなんて入って段々緊張の度合いが高まる。それがタムタムやらシンバルやらトライアングルやらの全合奏でもってやがて絶頂を築くに至る(10:09-)。ここに実は、のちの交響曲第5番の”葬送行進曲”の断片が登場してくる(10:32-)のだがすぐに消え、段々音楽が静かになるかと思ったその時に突然の「切断」が入る(10:46-)。そして再び明るい曲調が戻ってくるのだが、ここまでが展開部であり、ここからが再現部である。当然主要主題が再登場してくるが、展開部の主題断片なども取り込み次第に膨張していき、展開部の時のような薄暗さはない。歓喜の叫びのようである。それは膨らんでいき、やがてはリタルダンドとともに鎮まる。やがて呈示部第1終結部に登場したコミカルな旋律が再びオーボエに登場する(13:13-)。それは弦に受け継がれる。一度弦のフォルティシモによる下降旋律を辿り、もう一度オーボエに旋律が出るが、それはまたぞろ現れる鈴によってかき消される。再現部はここまでである。フルートによる楽章冒頭の旋律によって終結部が導かれる(14:11-)。呈示部や展開部の旋律を懐古し、やがてヴァイオリンのゆるやかな上昇句によってまさに天上の音楽のような無垢の様相を呈する(15:44-)。それはリタルダンドの中でホルンの祝福を受け、天国の入口へ到達したかのような印象を与える(16:38-)。その後、ビオラとチェロのピッツイカートのみが響く中、ヴァイオリンがそろりと主要主題を再現しようとする。やがて音楽は速度を速め、次第にアレグロの全合奏となり、緊張を高めた全合奏は和音を三つ叩いて楽曲を終える。

 第2楽章 ハ短調 8分の3拍子 スケルツォ。第2楽章はスケルツォ―第1トリオ―スケルツォの展開―第2トリオ―スケルツォ―コーダという形を取っている。古典的メヌエット方式のように見えるけれども、その実曲調はマーラーらしく錯綜している。「死神」は冒頭から2度上げて調律した独奏ヴァイオリンの形をとって現れるのだが、ホルンやら木管やらに飾られ、「曲想」の形としての形を十全には示してくれない。独り寝の悪夢みたいな第1トリオを経て再び「死神」はやってくる。トランペットが独奏され、不安と期待が入り混じった第2トリオが登場する。三度「死神」は顔を出すが、じきコーダに移り、終結する。気持ちの悪い楽章ではあるが、その気持ち悪さは徹底的なものではない。

 第3楽章 「平安にみちて」 ト長調 4分の4拍子。ロンド形式と変奏曲形式の混合形式である。主要主題部―副主題部―主要主題の第1再現部と変奏―副主題部の第1再現部と変奏―主要主題の第2再現部―終結部という構成をとっている。純真な美しさを湛える主要主題がまず弦合奏によって出る。それがオーボエに受け継がれ、やがて各木管が同じように優しく旋律を奏で、静かさと純真さは維持される。やがてオーボエが気付いたように副主題をゆるりと提示する(3:38-)。それは楽器を加え、また静かになりながら106小節まで続く(7:53-)。ここから主要主題の第1再現部である。主要主題は少し快活になり、速度指定もアレグレット・グラツィオーソとなって先よりは活発に動く。しかし音楽が寂しくなり、ホルンのみが静かに鳴るなかをオーボエが孤独に響くと主要主題・第1再現部は終わり、副主題の第1再現部へと移る(10:02-)。ホルンとオーボエの掛け合いは実に寂しい。それにフルートが加わり、弦が加わり、ティンパニがどろどろと鳴り響くと激しい感じの、恐怖を振り払うような曲想になる(11:13-)。それが静かになると副主題・第1再現部は終わり、主要主題の第2再現部になる(13:28-)。最初は幾分沈鬱な感じで始まるが、じきアレグレットの浮き立つような雰囲気に変わる。これが更に躁病の患者みたいなアレグロ・モルトに変わるのは278小節の部分である(15:17-)。思わず笑う。破顔一笑。処が躁病患者がシンバルを加えた処で突然アンダンテとなる(15:21-)。更にテンポはアダージョとなり、再び優美な旋律がヴァイオリンに出る。低弦がピアニシモのピッツィカートで響き、静けさも極限にきた頃に突然スフォルツァンドで弦が鳴り出す。(17:43-)。一瞬、何事かと思う。突然の最強奏全合奏である。これでコーダつまり終結部に入ったことが知れる。ここにはホルンでもって、次の第4楽章の主題断片も暗示されている。その熱情はじき鎮まり、弦とハープが美しい旋律を奏でつつ、楽章は静かに終わりとなる。

 第4楽章 「きわめてなごやかに」 ト長調 4分の4拍子。第1部から4部までの部分と終結部とでなる。短い前奏ののち、ソプラノが『子供の不思議な角笛』から「大いなる歓びへの賛歌」を"Wir geniessen die…"と歌っていくわけだが、"Himmel sieht zu!"の処(1:45-)で楽譜はリタルダンド指定となり、そこまでが第1部である。すぐ続いて第1楽章冒頭で聴かれた鈴の音でもって幾分激しめに第2部が始まる。第1楽章展開部の旋律部分が入って来たりして中々盛りあがるのだが、ソプラノが入る準備としてそれらはデクレシェンドしつつ最弱音へと移行する(2:18-)。で、再びリタルダンドし始めるのだが(3:01-)それは第2部終結に伴う第3部の開始への合図でもある。再び第1楽章冒頭の鈴の音が激しく鳴って第3部が開始される。しかしそれはすぐ、再び独唱が入る為に縮小する(3:15-)。ソプラノが一渉り歌い、"Koehein muss sein!"でまたまたリタルダンドがかかり、音楽はこれまで以上に縮小する(4:36-)が、またまた鈴の音が大音響で響く。これは第3部の終了・第4部の始まりを示唆しているが、この激しさは122小節に至って楽章冒頭のテンポに戻り、フルートとヴァイオリンによって幻想的で天上的な旋律が出始める。そしてフルートとヴァイオリンの神秘的な旋律に導かれる形でソプラノが歌詞の第4節"Kein'Musik ist…"を歌い始める(6:08-)。歌は大いなる歓びを歌い、"Feur Freuden erwacht"と第4節の歌詞を歌い終えると、チェロがゆるやかな下降旋律を奏で、ハープがやさしく鳴る中、まさに「大いなる歓びの賛歌」を謳い続けた楽曲は静かに、終わるのである。

■蛇足

 演奏時間は55分ほど。マーラーにしては綺麗に纏まった、じつに美しい交響曲である。

(up: 2009.4.3 旧WEBサイトに公表していた旧稿を改訂)
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