コンテンツ > 音楽 > 作曲家 > メシアン > 世の終わりのための四重奏曲 | ||||||||||||||||||||||||||
Manuel Fischer-Dieskau (Vc), Yvonne Loriod (p), Wolfgang Meyer (Cl), Christoph Poppen (Vl) による演奏。作曲者の妻でもあるイヴォンヌ・ロリオのピアノはこの曲も自家薬籠中というところであり、ポッペンの艶のあるヴァイオリンもいい。好きな演奏だがAmazonでCDが見つけられず、やむなくMP3のリンクであるので注意。 Gil Shaham (Vn), Jian Wang, (Vc), Myung Whun Chung (p), Paul Meyer (Cl) という、現代のヴィルトゥオーゾ4人衆による演奏。なかでもミョンフンはメシアンの弟子筋でもあり、指揮者でもある。見通しのきく実に安定したピアノだ。他の人はどれもこれもヴィルトゥオーゾらしさを発揮して輝かしいばかりだが、特筆すべきは緩徐楽章の遅さで、「人体の生命の鼓動よりもさらに緩やかなテンポ」が際立っている。 |
▽ Orivier Messiaen
■作曲 1940-41年 ■初演 1941.1.15 シュレージエン地方ゲルリッツ ドイツ軍捕虜収容所 [-A メシアン(p)、ジャン・ル・ブーレール(Vn)、エティエンヌ・パスキエ(Vc)、アンリ・アコカ(Cl) による |
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《楽器編成》
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■概要 1941年、ポーランド、シュレージエン地方ゲルリッツ。ドイツ軍捕虜収容所 [-A。 フランス人、ベルギー人、そしてポーランド人の捕虜からなる聴衆を前に、ある室内楽曲の初演が行われる。そしてそのプレミエールは成功した、といわれる。 しかしそもそも、成功とは一体なんであろうか。 一般的な「初演の成功」は作曲者にとって、富と名声の約束を意味する。そして演奏者は何度も舞台へ呼び戻され、観衆から歓呼の声があがり、控室で興奮した聴衆の訪問を受け、あるいは握手し、あるいはサインをし、そして一段落ついたら友人とレストランへでも赴き、ビールで乾杯のひとつでもするであろう。 しかしこの初演はもちろんそうではなかった。演奏者も捕虜、作曲者も捕虜。弦が3本しかないチェロ。壊れかけたピアノ。ピアノは鍵盤をたたくと鍵が戻らないので、捕虜がもうひとり、音がなる度に鍵盤を戻すためピアノの胴のところに配置されていた。それでもこの収容所で音楽は鳴った。そして賞賛の声は上がった。しかしそれは監視の目をつねに意識したもので、爆発的なものではない。この初演でピアノを受け持った作曲者が舞台を降りると帰れるところは花束のある控室ではなく、捕虜房である。気温は零下30度。もちろん薪ストーブなどはない。 音楽を聴くとき、その作曲経緯を知ることは必ずしも必要なことではないと考える。だが、この《世の終わりのための四重奏曲》を聴く度に、わたしはポーランドの、零下30度の捕虜房に思いを馳せる。演奏が終わった後、震えながらも満足気に眠りにつくメシアンを想像する。また寒気に打ち震える収容所で、この音楽を聴く捕虜の思いを推し量る。 この四重奏曲の変則的な楽器構成、すなわちクラリネット+ヴァイオリン+チェロ+ピアノ、という構成は、メシアンが意図して行ったものではない。その収容所 [-A に居たのがチェリストのパスキエ、ヴァイオリニストのブーレール、クラリネット奏者のアンリ・アコカ (そして鍵盤楽器奏者の自分)だった、というたんなる偶然にすぎない。 しかしその、何という天の恩寵の如き偶然! この構成ならば、アクセント楽器としても旋律楽器としても使えるピアノの上に、高音を受け持つヴァイオリン、低音を司るチェロ、そしてその2つをクラリネットが相結ぶ、というバランスがとれた音色が維持できる。 なお、題名である《世の終わりのための四重奏曲》だが、ここにいう「世」とは「時間」という意味に近い。主題的なものの中に彼が鳥の鳴き声を組み入れたのはこの曲が初めてだが、メシアンによれば「鳥たち、それは時間と対立するもの」だからだということである。 彼メシアンはその後四重奏曲を含めた室内楽曲を書かず、同じような楽想はオーケストラ曲に移行したことから、この曲は彼の最後の室内楽曲としての価値も持ち合わせている。 ■内容 第1楽章 水晶の典礼 Liturgie de cristal クラリネットに先導されて、ポリリズムで水晶の和音を鳴らすピアノに呼応するように、鳥の鳴き声をまねるヴァイオリンとクラリネットが掛け合いを行う。ヴァイオリンはほぼ同型の旋律を繰り返すが、クラリネットは即興的に呼応する。 第2楽章 世の終わりを告げる天使のためのヴォカリーズ Vocalise, pour l'Ange qui annonce la fin du Temps 形式的には三部構成。ピアノによる、美しく透明感のある下降和音を覆うように、ヴァイオリンとチェロのユニゾンによる息の長い旋律が奏される。やがて一瞬の沈黙ののち、弦音は下降音型を転がり落ちてトリルが各楽器を引き継がれる。随伴するピアノの跳躍和音は降ってくる落石のようで、水晶和音のような透明感はない。 第3楽章 鳥たちの深淵 Abime des oiseaux クラリネット独奏。声明のように引き伸ばされた旋律は、不安というよりはむしろ、不安を感じられなくなってしまった不感神経症的な様相を呈する。やがて慌てたような鳥の声に変わり、単音の長いクレシェンドを経て、再度跳躍音型で鳥の声を挟み、トリルを経て再度冒頭の声明のごとき旋律となる。 第4楽章 間奏曲 Intermede スケルツォ的性格をもつ。ポリリズム的要素が非常に含まれているこの曲のなかでも、拍が固定的な数少ない楽章。最初は各楽器がユニゾンで出るが、やがて掛け合いとユニゾンを繰り返す。クラリネットが弦に答える部分は、やはり鳥の声を彷彿とさせる。 第5楽章 イエスの永遠性への賛歌 Louange a l'Eternite de Jesus ピアノとチェロの二重奏曲。チェロの息の長い賛歌旋律にピアノが和音を載せていくが、その和音は非和声音だが全音階的で、繰り返される平板なリズムも含め、一種の安定性を感じるものである。水平線の遠くに大切な人を見送るような音調である。 第6楽章 7つのトランペットのための狂乱の踊り Danse de la fureur, pour les sept trompettes ユニゾンで奏される。冒頭から複雑なリズム構造とともに変奏的展開を見せるが、終盤になって奇怪なトッカータ風となる。 第7楽章 世の終わりを告げる天使のための虹の混乱 Fouillis d'arcs-en-ciel, pour l'Ange qui annonce la fin du Temps ピアノが透明感のある高音の旋律を弾く中、チェロがやはり息の長い旋律を奏する。サイレンのように上下する弦音に続いて突然それは激しい曲調になる。ちらりと登場するクラリネットは怯える子供のようだ。やがて再度先の落ち着いた旋律に戻るが、そのチェロにはクラリネットのオブリガードがくっついている。再度激しい曲想へとなだれ込むが、鮮やかな色彩を伴うピアノのパッセージと心急く感じの弦旋律が特徴的である。やがてバッハ的な、上下するピアノのアルペジオに乗って弦がユニゾンで伸びやかな旋律を出す。 第8楽章 イエスの不滅性への賛歌 Louange a l'Immortalite de Jesus ピアノとヴァイオリンの二重奏曲。「人体の生命の鼓動よりもさらに緩やかなテンポ」が最も効果的にあらわれている楽章。「永遠性への賛歌」に似た楽器構成、すなわちヴァイオリンとピアノによって奏されるが、旋律楽器として第5楽章のチェロよりも高音楽器のヴァイオリンを選んでいる分、より清潔さと敬虔性を与えることに成功している。ピアノが、まるで緑の葉から雫が少しずつ滴るように水晶の和音を鳴らす中、声明的な賛歌の旋律がゆるやかに流れていく。 ■付記 メシアンは捕虜生活の泥と寒さのなか、この《世の終わりのための四重奏曲》を完成させた。囚われて自由が失われている「のに」このような素晴らしい作品を完成させた、というよりは、自由がない「から」この作品がより素晴らしいものになった、と言えなくもない。現代音楽として、調性的またリズム的安定がない「のに」神への賛歌が描けるか、という問題についても、それらがない「から」こそ、現代的不安からの救済が描けるという言い方もできるだろう。じっさいこの作品でメシアンは、付加音価やら非逆行リズムやら複調和音やら移調の限られた旋法を用いることにより、意図したかせざるかはともかく恍惚感の混じった不安な感情を見事に表現している。 だいいち我々だって、自由だと体感上思い込んでいるだけであって、まあもちろん幾ばくかの金さえあれば何でも食えるし、殆どの人は家があって暖かい布団で眠れるわけで、物質的なことだけを考えたら自由なのでは、あろうが、その魂とやらの実際のところはいろんなものに絶えず縛られながらまた脅えながら存在している。ようはその強度の問題である。シュレージエンの収容所から天の高みにまで魂を自由に飛ばしてみせたメシアンに比べて、われわれは本当に自由かと考えるとやはり答えに窮するところがある。 そしてそう考えると、物質的潤沢によって単純な「欲」だけ十全に満たされて、精神もしくは魂の不安定性やら不満やらが突出してしまっている現代にこそ、この《世の終わりのための四重奏曲》は聴かれるべき作品なのかもしれんなあというように思う。 (up: 2014.12.28) |
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