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ミュンフンとフィラデルフィア管の演奏。国内盤はこちら。ショスタコーヴィチ:交響曲第4番 。演奏は彫りの深い素晴らしいもので、細かいテンポの交替がそもそも得意なミュンフンとしてはこの第1楽章のように絶えずメトロノーム指示が変わるような音楽は十八番といえるだろう。自然で情熱的な搖動が見られる。また肝心の「タコさんの太鼓」の重低音も十全に抑えている録音も相俟ってファースト・チョイスにオススメできる。


初演者コンドラシンとモスクワ・フィルとの演奏。1962年の録音なので余り音はよくないが、やはりスラブ的なオケの力強さとコンドラシンの職人的な音楽作りで十分推せるものとなっている。全集で買うといいんだが、Amazonには置いてない。HMVで安いのでおすすめ。ショスタコーヴィチ交響曲全集/コンドラシン


ハイティンクの全集のうちの一つ。全集はアムステルダム・コンセルトヘボウとロンドン・フィルを振り分けているが、第4番はロンドン・フィル。ACOほど上手くなく、一瞬金管の音が裏返りそうになる瞬間とかある。セッション録音なのに。なお分売を探したが海外盤含めて在庫ものがなさそうである。ハイティンクは楽譜を丹念に読み込んで音にする人で、例えば第1楽章は恐らく楽譜のマンマのテンポ構成だろうが、これだけ搖動するということが知られる。端正で音がいいので割にオススメ。




Symphony No.4 in c-moll op.43
  交響曲第4番 ホ短調 作品43

■作曲 1934-1936年5月22日
■初演 1961.12.30 モスクワ モスクワ音楽院大ホール
  コンドラシン指揮 モスクワ・フィルハーモニー管弦楽団による
《楽器編成》
Pc.2 Fr. 4 Ob. 4 EHr. Cl.4 BCl. Fg. 3 CtFg.
Hr. 8 Tromp. 4 Tromb. 3 Tuba 2 Tim. 2
1st Violin 20 2nd Violin 18 Viola 16 Cello 16 C.bass 14
HandSymb. SuspendSymb. Tamtam Triangle Xylophone
Glockenspiel Castanette Bass drum Side drum Celesta
Harp 2


■概要

 完成は1936年、初演は1961年。25年の開きがある。ショスタコーヴィチは25年もの間、この若き日の交響曲を、机の中に大事にしまいつづけた。しまいつづけざるを得なかった。
 その理由を説明するためには、まず当時のソヴィエト社会主義共和国連邦の状況について抄論しなければならない。
 ショスタコーヴィチが第1交響曲を発表し、大喝采を浴びている頃、ソ連共産党内で着々とその地歩を固めつつある人間がいた。いうまでもなく、ヨシフ・スターリンである。

1928年
 音楽芸術に対するイデオロギー監視を行うと党中央委員会にて採択。
 RAMP(ロシア・プロレタリア音楽家同盟)結成。検閲と弾圧をはじめる。
1929年
 スターリンが「大いなる転換の年」宣言を出す。
1929年 5月
 第一次五カ年計画導入。大規模な農業集団化はじまる。
 同時に大衆の欲望が抑圧されはじめる。
1929年 12月
 『プラウダ』に「単独指導制について」なる党中央委員会作成論文発表さる。
 事実上スターリンの独裁制成立。
1930年
 詩人マヤコフスキーピストル自殺。謀殺説あり。
1932年 4月
 中央委員会にて「文学芸術団体の改組について」採択。
 文化活動の監視が当然のものとなる。
 同時期に性的退廃に対する刑事訴追の合法化。反革命と同罪に。
1934年 12月
 共産党首脳セルゲイ・キーロフ暗殺。身も蓋もない大テロル祭幕開け。
1936年
 国民的作家ゴーリキー死去。毒殺説有力。
1936年 1月
 ショスタコーヴィチに対し「プラウダ批判」なされる。その後「干され」た。
 月収 1/4 に激減。
1936年 8月
 第一次モスクワ公開裁判。とりあえず5000人以上の共産党員を銃殺。
 大テロル宴たけなわ。銃殺の桁が変わってくる。
1936年 12月
 予定されていた交響曲第4番の初演が撤回される。
1937年
 「黙示録の年」。スターリン以外の生きとし生けるものはみな殺される。
 ショスタコーヴィチのよき理解者、トゥハチェフスキー元帥も逮捕され銃殺。

 スターリンの台頭と、ソ連の道徳的保守化、および文化的抑圧の激化とショスタコーヴィチの創作力はほぼパラレルで増大している。そしてそれらが衝突するのが1936年である。
 この年に関して興味深いことが2つある。まず、1936年1月22日スターリン臨席にて行われた《ムツェンスク郡のマクベス夫人》に端を発する「プラウダ批判」後も、ショスタコーヴィチは交響曲第4番を完成すべく力を傾注したことである。もうひとつ。この大変な中、1936年5月に完成した交響曲第4番は結局引き出しの中にしまわれ、1937年に完成した交響曲第5番は堂々と発表され、大評判をとったことである。
 まず前者については、ショスタコーヴィチがまだ体制と対峙することができると考えていたという意見もあるし、あるいは当時のショスタコーヴィチの作曲活動からしてみれば、劇音楽であれバレエ音楽であれ作曲意欲の命ずるがままに猛進していたような傾向があることから、停める必然的理由がなかったという言い方もできるだろう。むしろ問題は後者である。
 第5番をどのように位置づけるかは未だに結論が出ていない極めて難しい問題だが、時系列的に事実を見るだけでも、その音楽的形式以上に交響曲第4番と第5番は、対・当局という性状で考えると恐らく正反対の作品であるといえるだろう。晩年のショスタコーヴィチは、秘書のグリークマンにこう言ったという。「プラウダ批判ののち、当局は私に懺悔するように執拗に迫った。だが私は断った。……懺悔の代わりに、私は交響曲第4番を書いた」。そして第4番は当分の間世に出ず、第5番が出た。
 第5番が世に阿っているかどうかはさておくとしても、第4番は青年ショスタコーヴィチの反骨精神と諧謔精神で構成されていると思っていい。実際、構成を見ても完全にそうである。その性質の好悪はともかく、この後ショスタコーヴィチの作品は表面的な効果と本心とが乖離し、作品の言及に関しても韜晦と建前的主張でわけがわからなくなっていくだけに、素直に聴かれるこの作品は大変におもしろい。
 なお、26年を閲した初演の様子などについては、当Webサイト「ショスタコーヴィチの生涯」第8部を参照していただきたい。

 なお、この曲はマーラー的であるとしばしば言われるが、その規模でも後期ロマン派の系譜に並ぶ作品なのは、楽器編成で見ても容易にわかる。ごらんのように大編成である。

■楽章

 第1楽章 アレグレット・ポーコ・モデラート〜プレスト。ハ短調。4分の4拍子。装飾音のついた G-A-F の導入からフォルティッシモで気合十分。テンポを半分にした速い行進曲型の連打和音に支えられて、第1主題はトロンボーンとトランペットで、アクセントのついた上行音階から出る。特にこの第1主題冒頭の上行音階は何度でも出てくる動機である。主題が精緻に展開したのちにファゴットでとぼとぼと歩くような第2主題がでる。爆発した後ゲネラルパウゼ。テンポはゆるやかとなり、再度ファゴットに第2主題。この後の展開は一瞬第5交響曲の第5楽章を彷彿とさせるが、楽想はすぐに展開する。第2主題展開の最後、極相にくる、符点4分音符に逡巡する6連符が挟まれている動機はショスタコーヴィチの楽曲に特徴的な旋律。これがすぐに引き伸ばされてマーラー風に展開される。その次の木管で出るスケルツォ風の第1主題圧縮型が素晴らしい。諧謔の極みだ。そして恐るべきプレストに入る。一瞬ロンドっぽい動きも見せるが、すぐギャロップみたいになる。第1主題が恐ろしくグロテスクに引き伸ばされて打楽器総動員で大騒ぎである。再現部は限界まで第1主題が引き伸ばされる。やがて第1主題がファゴットで回想され、静かに楽章を閉じる。なおいろんな旋律が出るようでめくるめくが、実際のところは第1主題、第1主題の上行音階、第1主題の3連符を含んだ動機、第2主題がすべて精緻に再構成されて作られている。ワルツ風の楽想は第2楽章にも引き継がれるが、これも第1主題の3連符動機の展開型である。

 第2楽章 モデラート・コン・モート。ニ短調。8分の3拍子。やはりマーラーを彷彿とさせるレントラー風スケルツォ。いきなり出る主要主題は第1楽章のワルツ風主題=第1楽章第1主題の3連符動機の展開型である。のちの第5交響曲の第4楽章主題冒頭みたいな旋律も何度か、閃くだけだが顔を出す。またトリオ部は同じく第5交響曲の第1主題を予告している。

 第3楽章 ラルゴ〜アレグロ。ハ短調。4分の4拍子〜4分の3拍子。最初はまんまマーラーの第1番第3楽章のような始まり。C-F# をトボトボ繰り返すティンパニとコントラバスの足音。ファゴットがコミカルでシニカルな葬送行進曲めいた旋律を出す。フルートが時々無駄話をするように旋律断片を出す。フルートは第1楽章第1主題の断片を出す。巨人が出てきて葬列に加わって去っていく。アレグロ部に入り、弦合奏は深刻さを増すのだが、冒頭の葬列の足音旋律はアクセントで残り続ける。にわかにニ長調となり旋律が輝きを放つが、ここからが凄い。圧縮されてチャップリンみたいになった第2楽章主要主題はまだいいとして、《魔笛》のパパゲーノのアリアが出てきたかと思えば、《カルメン》の冒頭主題が出てきかかって帰っていく。《マクベス夫人》の旋律が仄めかされたり、《ハムレット》の引用が顔を出したり、まさしくやりたい放題、「明るいグロテスク」とはかくやと言わんばかりである。恐らく《剣の舞》のトリオも一瞬出てきている。その後、ティンパニがボコンボコンと足音を立てて近づいてき、当局の一撃のようなハ長調の金管コラールがあって、主要主題がホルンで弱奏される。いまわの際の声のようだ。その後はハ短調の分散和音がチェレスタによって静粛に奏でられ、楽章を終わる。


■付記

 マーラー的なショスタコーヴィチといわれる交響曲だけあって、一聴、雑然とした旋律の集合体のように見えて、何度も聴けば聴くほど精緻に構成されている、つまりその意味ではマーラーの第5などと相似ている味わい深い名曲である。
 また、第1楽章についていえば、アレグレットからアレグロに至ってプレストに終止するこの1楽章自体が、のちに発表され冷遇された第6交響曲に似ている。
 たとえば第1楽章の第2主題、深刻めいたゆるやかな動機は何度か出るが、ファゴットがその重責を担うことが多い。ヴァイオリンやチェロではない。つまりショスタコーヴィチはこの軽妙で間の抜けた楽器で当局に「反省していますよ〜」と皮肉めいているわけだ。
 または第3楽章、不気味で諧謔的な葬送行進曲に挟まれる形で陽気極まるコラージュ、中間部が押しつぶされる。最後に残るのはハ短調の分散和音を静かに奏でるチェレスタのみ。「お前らのやっているのはこういうことだ」というショスタコーヴィチから当局に投げ返された答えではないか。

 聴きながら絶えず楽譜が見たくなる音楽はそう多くないが、この第4交響曲はマーラーの交響曲第5番と並んでまさにそんな音楽。

(up: 2015.1.10)
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