Symphony No.13 in B-flat minor op.113
  交響曲第13番変ロ短調 《バビ・ヤール》

■作曲 1962年
■初演 1962.12.18 モスクワ音楽院大ホール
  キリル・コンドラシン指揮 バス独唱:V・グロマッツキー ロシア共和国合唱団および
  モスクワ・フィルハーモニー交響楽団による
《楽器編成》
Bass
Pcl., Fr. 2 Ob. 3 E.Hr.,KCl. Cl. 3, BassCl. Fg. 2, CtrFg.1
Hr. 4 Tromp. 3 Tromb. 3 Tuba Tim.
1st Violin 16 2nd Violin 14 Viola 12 Cello 12 C.bass 10
Symbal Tambline Tamtam Triangle Xylophon
Celesta Herp Bass drum Side drum Castanet
Piano Slapstick Bell Claves Holtztone
※Clavesとは拍子木、Slapstickとはむち、Bellは釣り鐘のこと。

■概要

 《バビ・ヤール》もしくは《バービィ・ヤール》と称された交響曲の作曲を始めた1961年頃、ショスタコーヴィチの周辺はかなり錯綜している(当Web「ショスタコーヴィチ第八部」参照)。交響曲の前作、1961年に初演された第12番は、彼の他の作品に例を見ないほど保守的であるにもかかわらず周囲の評価が極めて低い、有り体にいえば「駄作」であった。彼が共産党に入党したのが1960年、正式に共産党員として登録されたのが1961年である。いっぽう、長い間休眠状態が続いていた彼の初期の傑作、交響曲第4番の初演が行われたのも同年である。同時並行的に、彼の最高傑作オペラの声も高い《ムツェンスク郡のマクベス夫人》の改訂作業も着々と進められていた(改めての初演は1963年)。

 1953年にスターリンが死に、ソ連国内の政治をとりまく雰囲気は急激に変わりつつあった。1956年の第20回党大会において、フルシチョフがスターリン批判を行い、それにともない、いわゆる「雪どけ」の時代が到来したのだった。
 詩人エフトゥシェンコは、第二次大戦中ナチスによるユダヤ人の大量虐殺があったキエフ近郊バービィ・ヤールを訪れ、その経験から着想を得た詩を公開する。ショスタコーヴィチはその詩に惚れ込み、自由に選詩を行い、まずは「バービィ・ヤール」という名を持った1楽章構成の交響詩とした。しかしこれを交響曲化するという構想をもちはじめ、やがて詩三編を新たに組み入れ、また「恐怖」と題する詩を新たにエフトゥシェンコに提供され(それは第4楽章として組み入れられる)、現在の形が成立した。そもそもエフトゥシェンコが「反体制の旗手」と目されるような立場の詩人でもあり、その内容は体制に対する強い毒あるいは皮肉を含んでいる。

 なお、ショスタコーヴィチは、この作品の初演に際して、いままで通り友人のムラヴィンスキーに依頼したが、ムラヴィンスキーは何故かそれを断った。準備期間がなかったから完璧主義者のムラヴィンスキーはそれが我慢できなかったのだとも、ムラヴィンスキーの奥さんが共産党員であり、そちらから何か手が回ったのではないかとも、曲に内在する政治性に疑念を抱いたからだとも言われ、真相はいまだ謎のままである。ただ後年から見て知られることは、第5交響曲初演以来、不世出の作曲家と指揮者として嵐の時代を戦い続けてきたこの二人の蜜月関係はここで終わりを告げ、二度と元には戻らなかった、ということである。


■楽章

 第1楽章 「バービィ・ヤール!」 アダージョ 変ロ短調 4分の4拍子。冒頭の鐘は「弔鐘」を模したもの。第1主題は低弦を中心に出る。「バービィ・ヤールに記念碑はない/切り立った崖が粗末な墓標だ/わたしは恐ろしい/わたしは今日、あのユダヤの民族と/同じだけ年を重ねる」と合唱によって歌われる。やがて第2主題が、ピウ・モッソで現れる。重い身を抱えて跳ねるような、やはり陰鬱な主題である。これは狂信的なファシストの主題であるといわれる。「血は流れ、床の上に拡がる/酒場の顔役どもが歩き回り/ヴォトカとねぎが混じって臭う」。第1主題が一度戻ってきて、第2主題と絡んだのちに三拍子の第3主題が現れる。「わたしは、自分がアンネ・フランクのような気がする/四月の若葉の様に清澄なアンネだと/わたしたって恋をする、そんな時、言葉は不要」。しかし、ファシストが近づいてくる。再現部で再び、バービィ・ヤールが歌われ、楽章を閉じる。
 第2楽章 「ユーモア」 アレグレット ハ長調 4分の4拍子。スケルツォ楽章。第1楽章とうってかわって軽快な曲。ユーモアだけは圧政で死なない、独房に閉じこめようとしてもするりと抜け出す、という詩が歌われる。しかし曲調を聴いていると、先導するピッコロによる旋律は、まさに圧政で死なない「ユーモア」そのものだが、あとからついていくバス独唱をふくめた人声は、「ユーモア」を追いかけようとするが何処か不安定な、絶えず転倒する危険を秘めた存在のように感じられる。
 第3楽章 「商店で」 アダージョ ホ短調 4分の4拍子。押し付けるような陰鬱さは第1楽章にも相似たものだが、内容は違う。ソヴィエトの女の人に対する賛歌である。「女たちは土方仕事も/畑仕事もこなした/女たちはすべてに耐えてきた/これからも耐えてゆくだろう」。「この世のどんなことでもこなしてしまうほど/たくさんの力を女たちは授かっている!」。続いて「女たちの釣り銭をごまかすなど恥ずべきこと/女たちに目方をごまかすなど罪なこと」と歌われるが、釣り銭をごまかすというのは商店におけることだろうか、それとも資本主義的搾取への警告だろうか、あるいは共産主義的搾取への皮肉だろうか?第4楽章へはアタッカ(切れ目なし)で続く。
 第4楽章 「恐怖」 ラルゴ 嬰ト短調 4分の4拍子。全曲中、展開部的役割を与えられている楽章で、前楽章の断片がさかんに出る。「恐怖がロシアで死につつある/過ぎ去りし日々のまぼろしのように/ただ教会の入り口で/老人のごとくパンを求めるだけ」と歌われるが、過ぎ去ったスターリン時代の恐怖のことを歌っているのだろう。ソ連に生きた恐怖、密告の恐怖。最終部分はエフトゥシェンコの極私的モノローグである。「わたしは詩を書きながら/ときに思わず書くことを急ぐが/それは全力で書いていないという/今のわたしにとって唯一の恐怖からだ」。つまり他の恐怖は過ぎ去った。些か明るく、やはりアタッカで第5楽章へ続く。
 第5楽章 「立身出世」 アレグレット 変ロ長調 4分の3拍子。ロンド・ソナタのようなフィナーレ。冒頭フルートの二重奏で、主題が出る。ふらふらとする主題ののち、前楽章のさまざまな断片が変形されて登場する。「無分別なものほど賢い」と歌われる。ガリレオやシェークスピアやトルストイは、馬鹿者とののしられたけれども、ののしったものは忘れられ、ののしられたものは世に残る。「わたしは彼らの神聖な信念を信ずる/かれらの信念はわたしの勇気だ/つまりわたしの立身出世の方法は/立身出世をしないこと」と歌われ、最後は鐘の音で心静かに結ばれる。

■蛇足

 第5楽章のシニシズムと抒情、二つながら我にあり的アプローチは、ショスタコーヴィチならではという仕事である。また、「ののしったものは忘れられ、ののしられたものは世に残る」という思いは、とくに社会主義リアリズムの化け物と戦い続けいなし続けたショスタコーヴィチにとって、本当に身につまされるフレーズであったろう。

(up: 2009.1.4)
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