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Symphony No.10 in e-moll op.93
  交響曲第10番 ホ短調 作品93

■作曲 1953年夏から秋
■初演 1953.12.17 レニングラード フィルハーモニー大ホール
  エフゲニー・ムラヴィンスキー指揮 レニングラード・フィルハーモニー交響楽団による
《楽器編成》
Picc., Fr. 2 Ob. 2 E.Hr.,KCl. Cl. 2 Fg. 2, CtrFg.1
Hr. 4 Tromp. 3 Tromb. 3 Tuba Tim.
1st Violin 16 2nd Violin 14 Viola 12 Cello 12 C.bass 10
Symbal Tamb. Tamtam Triangle Xylophon
Bass drum Side drum


■概要

 世間の尻抜けを誘ったディヴェルティメント風の小型交響曲第9番から8年、その間にはいわゆる「ジダーノフ批判」があり(1948年。なおこれについては当Web「ショスタコーヴィチの生涯」第5部参照)、当局と批評家の機嫌をとるべくオラトリオ《森の歌》が作曲されていた。
 スターリンが1953年に死に、ソ連ではにわかに自由主義の気風が流れ始めた。世間ならぬ「世界」は、交響曲作家ショスタコーヴィチが、スターリンの死後、どのような作品を書くのかと興味深く見守った。書きためていた複数の弦楽四重奏曲の初演を経て、53年末についにその姿をあらわした交響曲第10番は、「雪どけ」の象徴であり、ハチャトゥリアンのいう「創造的芸術作品」である(ハチャトゥリアン論文と雪どけの関係については当Web「ショスタコーヴィチの生涯」第7部参照)。
 この曲もまた、第9番や第8番と同じく批評家の議論を呼んだけれども、同曲非難派・保守派は特に第8番と同様の、形式的な非難に終始した。いわく、「この曲は暗すぎて《健全なるソ連にそぐわない》」。「フィナーレで問題の楽観主義的解決がなされていない」など。それに対し同曲支持派・改革派は、保守派の音楽批評における価値判断の硬直性を論難し、痛いところを突かれた保守派は一時、公開討論会から引っ込んだ。ショスタコーヴィチは友人への手紙で「討論は盛況で、わたしの優位に終わった」と討論会の総評を行っている。

 公表順にいえば、ショスタコーヴィチの音名主題であるD-Es-C-Hが初めて世間に登場した作品である。また、いわゆる「戦争三部作」といえば、形式的には戦中・戦直後に書かれた交響曲第7,8,9番を指すが、実質的にはディヴェルティメント的な第9番が除かれて、この第10番を「三部作」の実質的なしんがりとみる評価も多い。

■楽章

 第1楽章 モデラート ホ短調。4分の3拍子。一応のソナタ形式をとっている。低弦が4分音符で探るような音型を出す。ショスタコーヴィチの名前(D-Es-C-H主題)である。何度か繰り返されたのちにクラリネットに現れる民族音楽的抒情的主題が第1主題である。いちど拡大し、収まったころにフルートの低音に出る、たゆたうような旋律が第2主題であるが、不安な心の動きのように、半音階的進行で長調と短調の間を行き来する。展開部では主題が次々に回想されて、対位法に則りつつ、金管の強奏を伴って大いに盛り上がる。
 第2楽章 アレグロ 変ロ短調。4分の2拍子。スケルツォ型の形式をとる。極めてショスタコーヴィチらしスケルツォ型楽章で、性急で激烈な弦の刻みに、木管が呼応する旋律をメインにして楽想が進む。ここでも中間部手前にD-Es-C-H主題が一瞬、姿をあらわす。主題旋律が再帰し、猛スピードで通り過ぎるようにして終わる。
 第3楽章 アレグレット ハ短調。4分の3拍子。全曲中おそらくもっとも面白い楽章。最初は弦合奏で不気味に出るが、すぐに軽率な印象のワルツのようになる。このワルツ主題も実はD-Es-C-Hでできている。中間部冒頭のホルン旋律は、当時作曲者が思いを寄せていた女性であるエリミーラ・ナディーロヴァのイニシャル"EL'MIRA"から出来ており、音名でいえば「ミラレミラ」(MIRAのあとはELを逆読みでレ、再びMIRA)である。自伝的楽章といえるだろう。ワルツ主題が再現されたあと、DEsCHとMIRALEMIRAが交錯し始める。ロマンティックな、実に心憎い構成だ。次第に劇的に盛り上がり、落ち着いたのち、両主題が混じり合うようにして終わる。
 第4楽章 アンダンテ ロ短調。8分の6拍子〜アレグロ ホ長調。4分の2拍子。第1楽章のような低弦の重々しい旋律で始まる。オーボエが人を探すようにして哀歌を歌う。呼応する弦。フルート。ファゴット。薄暗い中手探りで進むが、明るくいささか軽率な主題が突然現れる。飛び跳ねるようなこの主題は、今手探りで辿ったはずの薄暗いトンネルを、光を発しながら全速力で駆け抜ける。第2主題の押し付けるような強迫的主題が一瞬現れるが、金管の"D-Es-C-H"強奏で劇的に打倒される。その後ファゴットに先導される展開部的な部分は、まるで勝ち誇って旗を振り行進する子供の列のようだ。再びDEsCH主題が華やかに、金管に出て、最高の盛り上がりのなか、曲を終える。

■蛇足

 どうもその成り立ちが胡散臭い、ヴォルコフ著述編集『ショスタコーヴィチの証言』という本に、ショスタコーヴィチがこの曲の第2楽章について「スターリンを表現した」というふうに述べたと記述がある。本当かウソか定かではないが、第4楽章でもってショスタコーヴィチの音名象徴によってブッ倒されるのが第2楽章主題であってみれば、この曲でショスタコーヴィチは、戯画的にスターリンおよびスターリニズムを打倒してみせたということなのかもしれない。
 勿論、そもそも曲想がそのような成り立ちをしているから、「インチキ野郎」の評も根強いヴォルコフが話を作った可能性もある。あるが、第4楽章でDEsCHが何かを倒しているのは明らかだから、一般的に考えても当時のショスタコーヴィチが倒したかった(あるいは既にスターリンは死んでいるから、倒れて嬉しかった)のはスターリンおよびスターリニズムであろうというのは想像に難くない。そういうことどもも考えつつ聴くと、さらに味わいが増すであろう。

(up: 2008.2.21)
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